第9話
学校が憂鬱で仕方なかった。
私はいつも通り教室の一番後ろ、窓際の席に座り、気配を完全に殺してラノベを読む。
だけど今日はソワソワしていた。きっとバレていないと思うけど、瀬戸内さんにダンジョンで目を見られてしまった。
片目しか見られてない。それでももしかしたらと思えば思う程、私は胸が苦しくなった。
豆腐なメンタルが型崩れを起こし、絹ごし豆腐が瓦礫のように崩れていく。
「はぁ」
誰にも聞こえない程度の小さな声で溜息を漏らした。
もっとメンタルが強くて、せめて木綿豆腐くらいあればこんなことにはならなかったかも。
それを思えば思う程、しんどくなって教室に居るのが息苦しくなった。
「だって相手は瀬戸内さんだもんね」
ラノベで顔を覆い隠し感情を殺す。
息遣いが荒くなり、震える足でそそくさと席を立とうとした。
その時だった。教室の入口から瀬戸内さんの声が聴こえた。
「みんなおはよう~」
瀬戸内さんはいつも通り笑顔を振りまいていた。
完全にダンジョンで足を捻って怯えた様子の瀬戸内さんじゃない。
私は良かったと胸を撫で下ろした。これで一安心。ホッと一息付いて、立ち上がるのを止めた。
「良かった。覚えてないみたい。安心安心」
私は気にせずラノベを読み始めた。
『豆腐メンタルブレイカー』みたいに、全くメンタルが強くなる気がしない。
けれど少しだけ温かい。瀬戸内さんが居て、クラスが明るくなって、モンスターに殺されずに済んだこと。それだけがせめてもの救いになっていた。
「あれ、瀬戸内さん足どうしたの?」
「えっ!?」
「靴下替えたよね? 可愛い。だけどどうして仮面なの?」
瀬戸内さんはみんなに囲まれていた。
だけど一瞬ドキッとした。足を捻っていたからまだ残っているのかもと思った。
けれど実際は新しく履き替えた靴下に注目が行っていただけ。
怪我のことがバレなくて良かったねと、遠目で私は胸を撫でる。
「ああ、これ? えへへ、可愛いでしょ」
「うん。とっても可愛い」
「でもどうして仮面なの?」
「それはねー。色々あったんだ」
瀬戸内さんは話を濁した。
周りのクラスメイト達は首を捻っている。
けれど瀬戸内さんがそう言うとみんな納得してしまった。
それから話は昨日のダンジョン配信に移った。嫌な予感がすると、私は耳を塞ぎたくなる半面、ちょっとだけ聞き耳を立てていた。
「麗翼ちゃん。昨日のダンジョン配信観たよ。大丈夫だった?」
「うん。ちょっと足を捻っちゃったけど、ダンジョンの外に出たら治ったよ」
「本当! でも良かった。突然出て来たモンスターに襲われちゃうんだもん。心配したよ」
「私も怖かったよ。あの時助けて貰えなかったら、私本当に死んじゃってたかも」
「あっ、そうだよ! あの人誰だったの? 途中で配信切れちゃったけど、カッコ良かったんだけど!」
ドキン! 私の胸が弾けそうになり、肩が盛り上がった。
まさかここまで私の話になるなんて。
それもそのはず、瀬戸内さんはチャンネル登録者数は百万人を超えている。
とんでもない発信力を持つインフルエンサーで、一瞬にして情報は拡散されるのだ。このネット社会でもしも配信を観ていた人達の中に私のことを知っている人が居たら……そう思うだけで呼吸がし辛くなる。
けれど瀬戸内さんはニコニコ笑顔を浮かべたまま、「ごめんね」と皮切りに発した。
「全然知らない人だったんだ。だけど私を必死に守ってくれて、そのおかげで私は今ここにいられてる。本当に奇跡みたいな体験だったよ」
「凄い。完全に麗翼ちゃんの王子様だね」
王子様!? 私はそんなんじゃない。きっと瀬戸内さんも迷惑しているはずだ。
そう思って視線を逸らそうとするが、瀬戸内さんは否定しなかった。
むしろ「王子様か……」とぶつぶつ唱えている。全然聞こえない。何て言っているのか気になって仕方なかった。
「でもちょっとだけ心当たりはあるんだ」
「えっ!? ほんと」
「誰? もしかして彼氏とか……」
「そんな訳ないよ」
「それじゃあ憧れのあの人とか?」
「このクラスの人?」
「配信者の知り合いだよね。ねえねえ教えてよ」
クラスメイト達に詰め寄られる。
これはもう終わったかもと私は観念したけれど、瀬戸内さんは「ダメ。絶対秘密だよ」と断固として拒否した。
珍しい瀬戸内さんの対応にクラスメイト達は一瞬驚くが、すぐに諦めて理解を示してくれていた。流石は瀬戸内さんだと感心したが、これならきっと人違いで済みそうだ。
「そうだよね。私だって気付くはずないよね」
そう思った私はラノベを存分に読むことにする。
黙って黙々とページを捲ろうとした。
その時だった。ふと瀬戸内さんが私の前までやって来る。
「おはよう飛鳥さん」
「えっ、お、おはよう。瀬戸内さん」
如何して? 如何して急に私の前にやって来るの!?
私はパニックで呼吸が荒くなる。
しかし瀬戸内さんはそんな私の目の前で、少し驚くことを言った。
「飛鳥さん。今日のお昼休み、屋上に来てくれるかな?」
「お、屋上?」
「うん、屋上。私、待ってるから。どうしても飛鳥さんに話したいことがあるから」
言いたいことを言い切ると、瀬戸内さんは自分の席に戻ってしまった。
とっても良い匂いがした。果物の香りのするシャンプーの匂いだ。
私は一瞬心を掴まれたけど、すぐに訊き返そうとした。けれどそのタイミングで丁度チャイムが鳴ってしまい、私は訊くに訊けない状況に追いやられ、しどろもどろになってしまった。
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