第3話

 私は今日もダンジョンに来ていた。もちろんカメラドローンも引き連れている。

 プロペラが音も無く回転し、空中でホバーしている。

 そのおかげで配信に雑音が載ることもない。

 今の技術は本当に凄いと感じた。


「今日も洞窟に来てみたけど、同接数は……うーん」


 スマホをチラッと見てみた。

 アスムの作ったチャンネルの同接数は今日も十人前後。

 ぶっちゃけて言えば伸びてない。むしろ最低ランク。需要はあるけれど、誰もやりたがらないダンジョン配信でこのレベルは酷かった。

 これもそれも私が面白いことをしていないから。そうだよね、分かってたけど。私は人知れず諦めていた。


「でも良いよね。義務じゃないもんね。うん、私は私らしく頑張ってみよう」


 私は自分らしくやってみることにした。

 もう伸びないなら仕方ない。豆腐メンタルから卒業したいと思っていたのに、未だに仮面を被り顔も見せていないんだ。

 このまま覆面ダンジョン配信者として密かにやって行こう。もしかしたら人気が出るかもしれない。


「まあ人気者になりたくてやっているんじゃないけどね」


 これで何か成長できたら良いな。

 私は仮面を被った内側で、無表情で乾いた笑いを浮かべていた。

 このままじゃ全然精神レベルが向上する気がしない。だけど仮面は取りたくない。

 そんなジレンマに苛まれつつも、コメント欄を見る勇気は一切湧かなかった。


「えっと、確か昨日はここを曲がったんだよね」


 私は昨日宝箱を見つけるきっかけになったT字路にやって来た。

 洞窟の岩肌は荒れていて、モンスターが通った形跡にも見える。

 けれどここは能力使って安全ルートを見つける。全身を温かい感覚と冷たい感覚が襲った。

 やっぱり右と左に分かれていて、左には絶対行きたくなかった。だけどそれはできないらしい。


「うーん、左に行きたくないよ」


 私は絶対に左に行きたくなかった。だけど行くしかなかった。だって右のルートは昨日見たからだ。

 この先には何もない。空けた後の宝箱に、次に何か入るとしても時間が掛かる。

 そうなると行く意味がない。悩みに悩む豆腐メンタルな私は、ここは行ってみるしかない、と決断した。


「行くしかないよね。よし、行ってみよう!」


 私は冷たい感覚が空気となって肌に触れた。

 この先には絶対に良くない何かが居る。

 それが分かっているのに行かないといけないのは、本当に精神が苦しくなる。

 だけどもう踏み出した足は止まらない。止めちゃいけないと前に進んだ。

 のだが、さっきから何も出て来ない。


「もしかして私の勘違いなのかな? だけど能力はこっちが危険だって訴えて……」


 今までこんなことなかった。

 そもそも自分から危険に飛び込むような真似はしてこなかった。

 だからこれが正しいのか正しいのか分からない。

 私は困ってしまったが、仮面がズレないように押し上げた時だった。

 不意に視線の先、この先から声が聞こえた。しかもただの声じゃない。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 私はとっても怖くなった。突然叫び声が上がったからだ。

 この先にはきっと何かある。だけど踵を返して帰るわけにもいかない。

 きっと今頃コメントでは叫び声が何なのか気になっているはずで、ここで逃げ帰ったらますます批判が殺到する。そんな気がしてならなかった。


「うっ、い、行くしかないよね!」


 それに私も逃げたい気持ちはあったが、見捨てるなんてできなかった。

 勇気を出して震える膝を叩き走り出した。

 珍しく鬼気迫る状況に立たされたアスムだったが、その足は真っ直ぐ突き進み、振り返る余地すらなかった。

 しばらくすると視界が開ける。ふと立ち止まり、崖から落ちるところを何とかセーフにした。


「危なかった。危く私が落ちるところ……もしかして冷たい感覚ってこのことだったのかな?」


 だとしたらさっきの叫び声は一体何? もしかして別件で首を突っ込んじゃったのかな? 私は不安になってしまった。

 だけどすぐに叫び声が悲鳴だと判った。

 眼下を見てみると、四足歩行のモンスターが居る。黒いブルドッグのようだけど、顔は完全に鬼の面を被っているようだった。分かりやすく端的にまとめると、鬼瓦を被った巨大な犬。いかにも狂暴そうなモンスターの視線の先に、倒れ込んだ少女が居た。

 近くにはカメラドローンが無残にも転がっている。きっと縄張りに入ってしまい襲われたんだ。そう思って可哀そうと思ったが、少女の顔を見て私は驚いた。


「瀬戸内さん?」


 小声で唱え、マイクに乗らないようにした。

 そう、紛れもなく倒れているのは瀬戸内麗翼さんだ。

 まさかダンジョンに来ていたなんて想像も付かなかったが、こうしてはいられない。

 クラスメイトを見殺しにしたと知られれば、世間の目だけじゃなくて、私の広くて狭い世界が崩れてしまう。そんなただでさえ一人の中に軽蔑まで加わったら、もう立ち直れない。

 

「えっと、今から誰かは……無理だよね。ってことは私がやるしかないってこと……」


 上手く行く自信が湧かなかった。

 だけどやるしかなかった。

 私は仮面を深く被り直し、崖から飛び出す。

 腰の刀が震え出し、眼下に浮かぶモンスターを倒し、瀬戸内さんを助けに行く。

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