第4章 砂の上、海の向こう
第1話 嘆き
海の向こうでは国同士の対立が起きている。
といっても表立って何かしているわけではない。二十年以上前に結ばれた和平の条約により、各国は武力でぶつかり合うことなく平穏に過ごしている。
ただし、水面下でそれぞれの国は互いに互いを牽制をしながら、いずれ来るかもしれない争いの日に向けて少しずつ準備をしている。
戦には人が必要で、物資が必要で、そして資金が必要だ。
各国は資金の調達のために海へ出て、山へ行き、砂漠にも乗り出した。
その中の一つ、初めは交易を目的にしようと思ったある国は気が付いた。
オアシス都市国家には交易という強みがある。一つの国自体は小さくとも、想像以上のうま味がある。攻め落として属国にするか、あるいは同盟を組んで上納を得たのならもっと美味しくなるのではないか、と。
こうして『マドレー王国』は本格的にオアシス都市の攻略に乗り出した。
海の近くにあるいくつかの都市を陥落させたマドレーは、砂漠の奥地にある都市国家群にも目を向け始めた。
各都市国家の規模と対応との駆け引きの中でどれから攻略するかを検討していたところ、マドレーにとって思いがけないことがおきた。
当の都市国家の一つトゥプラクの、王家に連なる者から連絡が来たのだ。
極秘裏に使者を派遣したところ、先王の弟だというメティンはこう言った。
「私がトゥプラクの王位に就きましたなら、以降はマドレーに上納金をお納めいたします。ですからどうか、女王排除にお力添えを」
確かに女王ナーディヤは保守的であり、マドレーの懐柔は受け入れない可能性の方が高かった。
都市攻略のための兵を多数派遣するのは難しい。だが反乱を起こす程度なら攻略ほど兵は必要にならないし、内部の手引きがあるのならばもっと楽だ。
「よって我がマドレーは『女王に対して反乱を起こす』と言うメティンを支持し、力を貸した」
吟遊詩人の姿をしていた男――ホセ・オルタは、今回の経緯をザフィーラにそう説明した。
決行の日を王妹ザフィーラの十六歳の誕生日としたのはメティンの指示だ。この大事な日なら女王側の警戒は緩まるだろうとメティンは言い、実際にその通りになった。
しかもその数日前までの二か月間、ナーディヤはトゥプラクを空けていた。これもまた計画の成功を大きく後押ししてくれたのだとホセは語った。
「おかげで人員も物資も運びやすくなった」
海の向こうの国々に対して策を練るために開かれた会合が海の向こうの国の侵攻を許すのに貢献してしまった。この運命の皮肉をザフィーラはどう表現してよいのか分からない。
会合が無ければ。
あるいは、会合のすぐ後にザフィーラの誕生日がなければ。
――いや、どちらも違う。
ナーディヤがいなくとも、トゥプラクにはザフィーラがいた。留守を預かるザフィーラがもっとしっかり目を光らせていればトゥプラクの異変に気付けた。メティンの怪しい行動にも対処できたはずだった。だから、これは。
「これは、私のせい……」
トゥプラクの城壁の外にある墓所、その中でもひときわ立派な王家の廟の中でザフィーラは呟く。
死んだ者たちはなるべく早く埋めないと悲惨なことになる。しかしナーディヤが命を落とした一連の背景を考えると、ナーディヤの遺体は簡単に返してもらえないだろうとザフィーラは思った。
いざとなれば持てるどんな手段を使ってでも返してもらう。ザフィーラはそう覚悟を決めたのだが、しかし意外なことに殺戮のあと――空に月が輝くころに、清められたナーディヤの体がザフィーラのもとに届けられたのだった。
どういうことなのかと訝るザフィーラだったが、例え罠であってもナーディヤの埋葬をしたかった。それで残った女王派の人や侍女たちの手を借り、ザフィーラは翌朝早くにナーディヤの埋葬を済ませた。終わった後は皆を見送り、ザフィーラは一人、廟の中に残った。
埋葬後は死者の家族が、
ナーディヤの母が死んだとき、弟妹が死んだとき、ザフィーラの母が死んだとき、父が死んだとき、ザフィーラは少しずつ減っていく家族と共にこの廟で
そして今日、ザフィーラはまた魂送りの香を焚いてる。
今までと違うのは廟の中にいるのがザフィーラ一人きりだということ。
これまで一緒に香を焚いていたナーディヤは廟の向こう側に行った。
自身の名の由来となった大地の女神の腕に抱かれ、父や母たちと同じように永遠の眠りについてしまった。
ナーディヤはもう二度と戻らない。
――ザフィーラのせいで。
涙が頬を伝う。これは後悔か。それとも罪悪感からだろうか。
「ごめんなさい、お姉様。……ごめんなさい、ごめんなさい……!」
ザフィーラは床に伏して慟哭する。
だけどもう、抱きしめてくれる腕はこの地上のどこにもない。
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