第5話

村立山田河中学校が廃校なる。

 ……それは、今年の始めには決まっていたことだった。もしかしたら大人たちの間ではもっと前から決まっていたかもしれないけれど、箕島先輩が知ったのは、雪の降りそうな冬の日のことだった。

 それを箕島先輩は、寒い体育館に集まって、校長先生から直接聞いていた。

 体育館は老朽化が進んでいて、隙間風が酷い。雨漏りもするようになったその場所には、箕島先輩を含め、生徒はあわせて二十人も居なかった。

 木造校舎やプレハブ校舎の十数人の村の学校。

 今どきコンクリートでできた校舎すらないさびれた場所。

 隣の街の中学校と合併するのは、しごく当然のことだろう。

 隣町までは自転車で四十分程かかるが、通えないわけではない。本数はとても少ないが、かろうじてバスもでている。

 それは、致し方のないことだった。

 箕島先輩は中学生に進学するタイミングでこの村へとやってきた。箕島先輩の母方の父の故郷だというこの村の学校は、都会からきた箕島先輩からすれば随分とみすぼらしくみえただろう。

 いずれ廃校になることも、予感していたのかもしれない。

 だから箕島先輩は驚いたような素振りは見せなかったが、けれど、木造校舎に構えた部室に佇んでは、少しだけ泣いた。

 当時の私はまだ民俗学研究部の部員では無かったけれど、民俗学研究部の箕島先輩といえば、その時のことが印象深く思い出される。

 木造校舎は今でこそ、普段使いには不向きな、時代遅れの建物だったが、作られた当時はこの村にしては相当立派なものだったのだろう。三階建のこの校舎を残しておきたいとは、教師も生徒も、そして生徒の保護者すらも口にはしたが、しかし、現実的に考えてそれが難しいことも誰もがよくわかっていた。

 誰も使わず、老朽化が進み、学校としても機能しなくなる建物など、管理するのは大変だ。

 だからこの木造校舎は、七月の終わりに取り壊されることが決まっていた。

 ……箕島先輩の山田河中学民俗学研究部はもう今後活動をすることはないし、そもそもこの場所そのものが無くなる。

 箕島先輩が夜の木造校舎で部会をすると言ったのも、これが最後だからだろう。

 箕島先輩は別の学校でも民俗学研究部を作るかもしれないが、それは山田河民俗学研究部とはきっと違うものになる。そして私はそこの部員にはならない。

 この民俗学研究部の部会は、これが最後なのだ。

 だから箕島先輩が部会をしたいと口にすることは、最初から想定内だった。けれど。

「なんで、十三番目の怪談を作ろうをと思ったんですか」

 それは、未だに解せないでいる。「なんでって面白そうだろ。最後にはいつもと違ったことをやりたい」

 箕島先輩は皮肉そうな笑みを浮かべて答えてはくれたが、きっとそれは嘘だろう。きっと他に理由があるはずだ。

 最後の部会は、これまでの活動をまとめるのだろうなと私は思っていた。いや、別に真面目に活動をしなくてもいい。

 部会と称してお別れ会を催し、ただ、馬鹿騒ぎをするのだって良いだろう。

 けれど箕島先輩は、『怪談話を作る』などと、これまでの活動とは関係のない特別な、けれどただ別れを惜しむでもなく、なにか明確な意図をもって部会を開いたように思えた。

 そうでなければ、今後誰かに語り継ぐでもない怪談話を、どうしてこのタイミングで作ろうなどと言い出したのだろう。

「別に良いじゃん。良い思い出に」 

 相変わらず綺麗な顔に、へらへらとした笑みを浮かべる箕島先輩の考えていることはよくわからない。

 ただ。なんとなくだが。恐らく。

「箕島先輩は、怪談を作りたいというよりも、佐和子さんにまつわる怪談を作りたいような気がします」

 先程から固着している、ソレ。

 ソレを、思ったままに口にすれば。箕島先輩はそこで初めて顔を曇らせた。

 やっぱりそうなのだ。

 箕島先輩は佐和子さんの怪談を作りたい。

 けれど理由がわからない。

「怪談を作るにしても、別に『佐和子さん』に固着する必要はないでしょう。だって、別に、その怪談話を語り継ぐ生徒は居ないんですから」

 理由がわからないまま、それでも思ったままに口にすれば。そこで。

 先輩は私を見て、目を見開いて。そしてちょっとだけ泣きそうな顔をした。

 言い過ぎた、と思った。

 けれど、次に、しかし、間違ったことは言っていないとも思った。

 間違ったことは言っていない。

 そうだ、怪談をつくるのは別に構わない。けれど。その怪談を語る人はいなくなる。それだというのに、どうして。どうして、怪談の内容にこだわるのか。

「……だって」

 すると箕島先輩は、まるで小学生のようにすねたような顔をして。もう一度、「だって」と口にして。

「……だって、語り継ぎたいじゃないか。『佐和子さん』のことを。だって」

 そして、さらに、付け加えるように、「だって」を、また、重ねて。

「だって、そうでもしないと、河方後輩のことを皆、忘れてしまうじゃないか」

 箕島先輩は、ひどくつまらなそうな顔をして、「河方後輩」と口にして。そして。

「河方佐和子、さん」

 私の名前を呟いた。 世界はまるで私達二人きりのようで、静寂が広がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る