第22話 よぎるもの



その後の他愛のない会話で得た情報。

桃子猫は兄と妹の三人兄妹らしい。

妹が日本人に嫁いだので、

夫婦を訪ねるついでに日本観光する予定らしい。

兄は仮想通貨の変動の

対策チームを設立しているらしく、

姉妹でその恩恵にあやかっているんだとか。

チームについて調べてみたが、

秘匿されているのか情報は見つからなかった。

夕飯を早めに済ませ、夜に備える。

睡眠と同じ効果を得ているので、

排泄が促されないようになることは

理解しているものの、やはりおもらしは怖い。

メンテナンスはもう終わっているらしい。

入ってもいいが、

桃子猫と時間を合わせた方がいいだろう。


『何時にゲームしますか?』


『8時頃になると思います』


『わかりました』


8時はもうすぐだ。

夜通し遊ぶつもりだろうか。

ゲームの桃子猫とならいくらでも付き合う。

ヘッドセットをパソコンに接続し、頭に装着する。

電源が入るのを見送ったところで、

外してベッドに寝転ぶ。

そしてまた装着し、

ボタンで操作しながらドッペルフリーを起動する。

眠くなる。

目が覚めれば向こうの世界だ。



意識が覚醒する。

寝転んでいる感覚から、

座っている感覚にシフトする。

そういえばベンチに座っていたんだった。

瞼を開く。

夜だ。

隣を見る。

桃子猫は居ない。

そういえば時差を考慮していなかった。

一時間くらいの差だろうか。

周りを見る。

エルフ、ドワーフ、獣人。

色々と不手際があったにもかかわらず、

盛況なようだ。

ただ面白いのは、誰も彼も初期装備だということ。

リリースからぶっ通しでやる猛者は、

どこにだって必ずいる。

その猛者でさえ、初期装備から抜け出せていない。

このゲームの難易度は、

それほど高いということだろう。

まあ群衆を見ただけで決めつけるのは、

早計な気もするが。

小腹が減ったので、腰に巻いた肉をつまむ。

あのトカゲに渡した分、残りも少なくなった。

桃子猫のものは私よりは多いだろう。

切羽詰まったらねだってみるか。


「うーん…」


少し伸びをする。


「ふぅ」


突き上げられた両腕は、

必然的に伸びたまま弧を描く。


『モフッ』


右腕に毛の感触。

瞬時に隣を見る。


「オハヨ」


桃子猫だ。


「あ…おはようございます」


本物の桃子猫。

写真と同一人物らしい桃子猫。

桃子猫の背中にかけられた腕が、

肩を抱き寄せる形になってしまっていた。

それに気づき、離そうとした時にはもう遅かった。

桃子猫に腕を絡め取られていた。


「イェーイ」


かわいい。

腕に巻き付くモフモフが温かい。

実家の猫もよく足に巻きついていた。

そういえば桃子猫の飼っている猫も、

茶トラだったっけか。

高層階の写真に写っている。

ハッとして、緩やかに解く。


「ウェーイ?」


この桃子猫はあの桃子猫。

心を許したら何をされるか。

こんなこと、考えたくもない。


「行きましょう」

「ウン」

「装備を整えましょう」


武器屋の場所は知らない。

もちろん防具屋も。

ただその場から脱したかった。

その無計画な進行は。

街の外れへ導いた。

開いている店などはない。

街を作りこんだが故の、遊んでいる空間だろうか。

コンテンツが長引けば、

こういう場所も開発されていくだろう。

現状は本当に何もない。

黙って着いてきてくれている桃子猫に、

申し訳ない気持ちが湧いてくる。


「!」


閑静とした街に、蠢くもの。

路地からはみ出た、一筋の肉体。

尻尾だ。

最近似たようなものを見たことがある。

路地を覗く。


「!?」

「え…」

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