第17話 猫の鼻も濡れている

「え…あ…」


心臓が高鳴った。

間違いなく、嬉しい申し出だった。

だが。


「その、連絡手段とかないし…」


日常の変化への、拒否反応の癖が出てしまった。


「そう…」


桃子猫はシュンとしている。

なぜ拒絶してしまったんだ。

楽しくなることは分かっているのに。

咄嗟に言葉が出てしまう。

言い訳が。

言い訳していいわけ?。

何もしないということは、

いいことも悪いことも起こらないということ。

悪いことは起きて欲しくない。

だから何もしない。

だから良いことも起こらない。


「アレ…」

「ん?」


桃子猫が前方に手を向ける。

その先には、人だかりができていた。

人だかりの前に、看板がある。


「UR…L?」


それと思しきアルファベットの羅列が見えた。

ならすることは一つ。

視界の中で、URLをつつく。


「おっ」


即座にウィンドウが視界を覆う。

『ドッペルフリー』をインストールした時に使った、 大手ゲームプラットフォームのホームページ。


これなら、色々なSNSや

チャットアプリとも連携できる。

どうする?。

伝える?。


「オオー!」


桃子猫が、私と同じことをして似た反応をした。


「ネ!ネ!これならもしかして!」

「は、はい、私と連絡、できます…」


伝わってしまった。


「どうやればいィ?」

「えーとですね」


インターネットブラウザに繋がっているので、

別のサイトに移動できるはず。

アカウント情報から、

連携しているサービスの欄に行く。


「桃子猫さんって普段何使ってます?」

「えーとね、Z」

「それなら、私も使ってます」


Zは、ゲームでの交流を主としたチャットアプリ。当然このプラットフォームとも連携している。

連携欄にあるZのURLを押すと、

やはりZのアカウントページヘ飛んだ。


「どんな名前なんです?」

「桃子猫」


日本語入力で桃子猫で通るだろうか。

ユーザー検索で入力すると、幾つか候補が出てきた。

ハチワレの猫のアイコンと、

女の人の体だけ映ったアイコン以外がデフォルトだ。


「猫のアイコンですか?」

「んーん」

「じゃあ、赤い服を着た女の人のアイコン?」

「ソレ!」

「へぇー…」


正直以外だった。

女の人の画像は、

赤い服から少し胸の谷間が露出しているものだ。

こういう画像をアイコンにする人物とは、

思いもよらなかった。

ちょっと複雑。


「フレンド申請送っときました」

「ン、来た」


やはり、

女の人のアイコンがフレンド欄に登録される。

さて。

ログアウトするか。

そう思った矢先、あることを思い出す。

桃子猫が翻訳機能を外すため、ログアウトをした時。

桃子猫のアバターは脱力し、消えなかった。

街中にそうなっていた人は見かけなかったので、

流石に消えはするのだろう。

しかし消えるまでのタイムラグは存在するはず。

それまでの間に、

誰かがイタズラする可能性は十二分にある。

見張っておこう。


「…」

「…」


桃子猫はこちらの様子を伺っている。

こちらから終わる宣言しておいて、

何もしないのだから気になるだろう。


「…そういえば、なんで看板の前に人が集まるノ?」

「ああ、VRゲームに慣れていないんでしょう、

直接触らなきゃいけないと思ってるとか」


この『ドッペルフリー』が配信される際、

VRヘッドセットの普及率が爆増したらしい。

なんせ初のVRMMORPGで、

なおかつ今までにないハードさなのだ。

既出のラノベやアニメ作品を想起した人間も、

少なくないだろう。

そんなことはさておいて。

二人の状況は膠着する。

このままでは埒が明かない。

いっそログアウトアウトするフリでもしようか。

胸のボタンを軽く触り、

何も映し出されていない虚空を押す。


「うーん」


わざとらしくもたれかかってみる。


「ヒャン!」


鳴かせてしまった。

申し訳ない。


「…行っちゃっタ?」


顔をペチペチと叩かれる。

肉球が柔らかい。


『モフ』


少し間を置いた後唐突に、

頬に毛の感触が伝わる。

手の甲だろうか。


「オヤスミなさい」


寂しげにそう言った。


「んしょ…んしょ…」


ボタンを押すのに苦労しているのだろうか。


「ん」


桃子猫の声が聞こえなくなった。


「おっ」


体が沈み込む。


「とっとっと」


桃子猫が脱力し、二人とも椅子から落ちかけた。

ギリギリのところで阻止する。


「よし」


後は桃子猫が消えるまで待つだけだ。

先程モフりが来た頬を触る。

少し濡れている。

手汗だろうか。

手の甲は汗をかかないはず。

猫の濡れている部分。

鼻。

口の中。


「うーん」


もたれかかったせいで、

偶然鼻が当たったのかもしれないな。

そうに違いない。


「あ」


いつの間にか、桃子猫のアバターが消えていた。

光の粒子とかにならずに、唐突に消えるようだ。

これなら私も一安心だ。


『ポチ』

『ゲームを終了しますか?』


はいを押す。

瞼が強制的に下ろされる。

楽しい冒険だった。

今晩もまたやろう。




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