第6話 吊り橋効果

朝だ。


「朝…ですね」

「はい」


名残惜しくも桃子猫を離す。


「…」

「…」


互いに言いたいことを言い出せず、

ただ向き合う。


「アノ…」


助かる。


「…なんでもない」


助からない。


「…二人で一緒に行きませんか?」


意を決して私が言った。


「…はい!」


東へ歩き出す。

木の中に残った水分をすすり合いながら、

多肉植物の果肉を食べた。

ぬかるみはもう乾きかけている。

桃子猫は、川上の方にスポーンしたらしい。

そこでも街や街道らしきものは、

見当たらなかったと言った。

せっかくなので、朝日の方向の進むことにした。

今の所、モンスターには遭遇していない。


「桃子猫さんは、どんなモンスターに会いました?」

「大きいカニと…大きな蛇です」

「カニと蛇…」


蛇は見たことないが…カニといえばあの陸ガニだろうか。目撃する頻度は高い。

もしや通常モンスター…?。

ハードな世界観とは聞いているが、

あれほど勝機が見えない敵たちしかいないとなると、ハードコアに格上げになる。

思考を変えなくては。

これは言わばスニーキングミッション。

いかに敵に見つからずして、町にたどり着くかの勝負。こういうのは得意だ。

ドッジボールとか。

鬼ごっことか。

グスン。

気を取り直して。


「桃子猫さん」

「ナニ?」

「モンスターがいた時は隠れてやり過ごしましょう、ここら辺のは勝てる気がしないので」

「わかりましタ」


情報共有したところでまた歩き出す。


「…桃子猫さんは、日本語の勉強をしてらっしゃるんですか?」

「ウン」

「やっぱりそうなんですか…それにしてもお上手ですね」

「アリガト…ございます」


桃子猫がこちらを向く。


「でも…敬語わかんない…日本人イカレテル」

「ハハハ…日本人でも敬語が分からなくなる時もありますよ」

「そうなノ?」

「ええ」


他愛もない会話をする。

そうする内に、徐々に視界に移るものが出てきた。

崖だ。

そして橋。

左右どちらに首を振ろうとも、端が見えない崖。

そこに妖しく吊り橋が一つ。

そしてその先に見えるもの。


「ミチ…」

「そうですね」


道の先の光景を思い浮かべる。

すれ違うプレイヤー。

街。

喧騒。

このゲームを初めてから徐々に募り続けてきた、

特殊な欲求。

早く、人のいる場所に行きたい。

それを達成するため、吊り橋に足を踏み入れる。

木の板は頼りなく揺れ、足元を脅かす。


「ッ…」


桃子猫が出す足を躊躇する。

手を差し伸べる。


「あともう少しです」

「ゥ…」


桃子猫が手を差し伸べ、私がそれを握る。

おっほ肉球柔らかぁ。

桃子猫の調子に合わせ、ゆっくりと進む。

腕が震えている。


「高いところ、苦手なんですか?」


桃子猫は黙って頷く。

折り返し地点に着く。


「ほら…もう半分ですよ」

「…子供の頃、パンドゥンチャから落ちた…」

「そうだったんですか…」


パンドゥンチャが何かは分からないが、

とりあえず同情する。


「その時、怪我しタ」


震えがいっそう強くなる。


「あらら…」


震えを抑えるように、強めに握る。


「今は私が握ってるので、落ちたりしませんよ」

「…ウン」


吊り橋の揺れを、足元でできる限り相殺する。

歩きやすくなったのか、桃子猫の歩幅が大きくなる。渡りきるまであと少し。

3。

2。

私が渡りきる。

1。

0.5。

桃子猫の片足が着く。

0。

渡りきる。

桃子猫の両手を掴む。


「やった!」

「ヤッタ!」


思いがけない難所も、努力によってクリアした。

あとは道にそって歩くだけ。

勇気を出した分ゆっくり歩き、静かな気持ちで行け







「GGGGGGGGRRRRRRRRRROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOWWWWW!!!!!」


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