第5話 生きてる証拠

みすぼらしい装備を着た、二足歩行の猫だ。

私の背丈半分ほどの。

寒さに凍えていたはずなのに、

背筋は跳ね上がりしゃがんだ状態になる。

猫は驚いて後ずさりする。

こっちだって驚いた。

見つめ合う。

ナイフを抜刀する。

それを見て、猫は体を上下する。

屈伸。

コミュニケーションが取りづらかった昔のゲームは、

しゃがみ状態と立ち状態を繰り返す屈伸により、

コミュニケーションを取ったと聞いたことがある。

煽り、和解、非戦闘の意思。

それが今日まで受け継がれ、非NPCの象徴となったと。つまりこの猫はプレイヤー。

交戦の意思無しの。

ナイフを収める。

猫はそれに、安堵の息で呼応した。

しばし沈黙が流れる。


「あの…」


こちらが辛くなり、話しかける。


『あ…』


電子音声に感情を乗せたような声が聞こえた。

女性の声だ。


『隣に座ってもいいですか?』

「あ、はい」


猫が隣に座ってきた。


『名前を聞いてもいいですか?』

「あ…えと…」


そういえばゲーム開始時に、

名前を決める項目が無かった。


「ランです」

実名は流石に言えないので、ネット上の通り名を伝える。


『ランさんですか、私はモモコネコと言います』

「モモコネコさんですか」


何故かモモコネコは首を横に振った。


『いいえ、私はモモコネコです』

「ええだから…モモコネコさん、ですよね?」


またもモモコネコは首を振る。

そして何かを考えるようにして目を閉じた。


『…ゲームを終了する方法を、知っていますか?』

「あ、はい、胸の所に、ボタンみたいなもの、

ありませんか?」

『スイッチですか?』


モモコネコは自分の服をまさぐる。


『わかりません』


毛に覆われていたら、

あるものも分からないだろう。


「私のはこんな感じなんですけど…」


モモコネコの肉球を、

自分のボタンに押し当てる。


「分かります?」

『アウ…はい…』


同性だと思って大胆にやったが、

モモコネコは妙にたじろいでいる。

機械的な音声も気になる。

もしやネカマか?。

ボタンの位置を教えてもなお、

モモコネコは自分のボタンを押すのに苦戦している。


「私が押しましょうか?」

『えっと…はい…お願いします』


モモコネコの服の中に手を入れ、下着を触る。


『ふ…』


むず痒そうな顔を無視して、ボタンを押す。


『あ…』


モモコネコは何も無い空間を見つめる。

そこにウィンドウがあるのだろう。

モモコネコは手を出し、爪で虚空を押した。

そしてゆっくりと目を閉じ、脱力した。


「え!?」


すぐさまモモコネコを抱える。

ログアウトした時、アバター消えないのか…。

これなら想像つく限りのイタズラが許されてしまう。運営はそれを予想しなかったのか…?。

…。

モフモフだ。

実家にも、こんな毛並みの茶トラがいた。

まだ起きてないよな…?。

モモコネコを抱きかかえる。


『クンクン』

「う…」


濡れて乾いた獣の匂い…。

だが温かい。

ここでやっと、体は寒さを思い出す。

顎が震え、モモコネコを抱える腕が強ばってしまう。

他プレイヤーとの接触で、

体温ゲージが回復するゲームは今までになかった。

気休めにしかならないのかもしれない。

それでも、気が休まっているのは確かだ。

撫でるとよりいっそう、安心してくる。


「アノ…」

「はいいいいい!」


モモコネコから即座に離れる。


「翻訳…取ってきましタ」


確かに、声の違和感がなくなっている。あの音声は、このゲームの自動翻訳機能だったのか。

合点がいった。


「それで…ソノ…名前…」

「あ、はい」


モモコネコは顔を近づけてくる。


「!?」


そして耳に口を当てる。


「タオズーマオ、といいます」

「っ…」


聞き慣れていない生の声が、頭を通過する。

正直めちゃくちゃ声が可愛い。


「こう、書きます」

『桃子猫』


爪で器用にこう書いた。

これでだいたいわかった。

桃子猫の中身、

プレイヤーは日本語が堪能な中国人。

世界同時配信なのだから、

こういうこともあるだろう。

日本語が通じるのは助かった。

それよりも。

「それ、何ですか?」

桃子猫が地面に文字を書いた時に見えた、

円を据えたシンプルな腕輪。

私の初期装備にそんなものはなかった。


「これ、は、あっちで見つけましタ」


桃子猫は奥を指さした。


「へぇー!レアアイテムかもしれませんね」

「…?そうですね」


歯切れの悪い返事だが、

何か言い間違えただろうか。


「どどどどうしました?」


抱いていた温もりが消え、顎が震えた。


「!?」


動揺されてしまった。


「ししし心配なく…」


体育座りし顎を固める。

それでも体の震えは誤魔化せていないらしい。

桃子猫が寄り添ってきた。


「ダイジョブ?」

「うん、だ大丈夫」

「嘘」


桃子猫は膝に手を付き、割ってきた。


「うぇ!?」


急いで脚を閉じようとするが、

意外に力が強く更にこじ開けられる。

そして開ききったところで、滑り込んできた。


「はふん」


モフモフとホカホカが、体の中央に衝突する。

思わず変な声を出してしまった。


「してタ」


桃子猫が耳元で囁く。


「さっき」


先程の抱きつきは、誤魔化せてなかったらしい。


「あはは…すみません」

「猫って、温かい」


疑問形か微妙なラインの言葉に、少し返答を詰まらせる。


「猫、飼ってるんですか?」

「ん」

「どんな猫ですか?」

「んと…私」


桃子猫は茶トラだ。


「そうなんですか!私も実家に茶トラがいるんですよ」

「ランさんも」

「はい」


話していくうちに、いい感じに温まってきた。

雨が止み、洞窟内に光が差し込む。

朝だ。


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