第7話 嵌め




「GGGGGGGGRRRRRRRRRROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOWWWWW!!!!!」


――――――。

脳を貫通し、思考を遮る怒号。

それが崖の下から聞こえてきた。

それと同時に、地面が断続的に揺れる。

揺れと同時に、何かを掘削する音が聞こえ始め、

徐々にそれが大きくなる。

楽に直結させるならそう。

声の主が、崖から登ってきている。


「桃子猫さ…!」


桃子猫は耳を塞いで唸っている。

聴覚が種族として優れているのか、

先程の轟音がかなり堪えている。

それでもここから逃げなければ。


「失礼します!」

「ナッ!?」


桃子猫の腰を持ち上げ俵担ぎをする。

こちらの方が走りやすい。

登ってくる音を無視して、駆け出す。


「ランさん!」


桃子猫が叫んだその時、

一際大きく地面を穿つ音が聞こえた。

その音に気づき振り返った時には、

既にそれは接触していた。

巨人の体に獅子の頭を乗せ、目を一つにした異形の怪物。その右の巨腕が、桃子猫に接触していた。

見るからに殴りつけた形。

だがしかし、私も桃子猫も怪我はなく、

吹っ飛んでもいない。

何故なのか。

答えは既に視界の中にあり、

なんなら先にそれが目に入った。

桃子猫の腕輪についていた円形。

それが大きく膨らんでいた。

正しく盾。


「GGG…」


獅子巨人は悔しそうに歯ぎしりする。


「!?…」


桃子猫は何が起こっているのか、

わかっていない様子だった。


「もっ


そして獅子巨人は空いた左手で、叩いてきた。

盾のない、私の左側。

だからこそ、景気よく吹っ飛ぶ。

転がる。


「ぶふぅ…プップッ…」


口の中に砂利が入る。

こんな所まで作り込むなよな…。

ゴア表現は無いだろうから出血や欠損などは無いはず。

左腕が動かないのは骨折か何かの状態異常だろう。


「桃子猫さん!」


一瞬でもゲームの仕様に気を向けたことを反省し、

辺りを見回す。

目測十メートルの場所で、

盾の裏で怯えながら獅子巨人に詰め寄られている。

今この瞬間できること。


「クソボケがぁぁぁぁああああ!!」


ナイフの投擲。

大したダメージにならなくてもいい。

せめてヘイトがこちらに向けば…。


『ドスッ』


気持ちよく獅子巨人の肩に刺さる。


「RRRR…」


獅子巨人がこちらを向く。

思惑は叶った。

だがこれからどうする?。

近づいてくる奴になすすべは無い。

なら防御手段を持つ桃子猫に、

擦り付ければ良かったのか?。

いや、震えている人間にそんなことはできない。

影が覆う。

視界が怪物に染まる。

これは震えますわ。


『ガンガンガンガン!』


桃子猫の方から何かを叩く音。

別のモンスター!?。

獅子巨人と同時にその方向を見る。

モンスターは居ない。

代わりに桃子猫が、盾を地面の石にぶつけていた。


『ガンガンガンガン!』


なおも叩く桃子猫を鬱陶しく思ったのか、

再度獅子巨人は詰め寄りに行く。

これじゃ振り出しだ。

次にヘイトを稼げるもの。

路傍の石。

右手で掴んで思いっきり投げる。

的がでかいおかげでよく当たる。

だがこちらを振り向かない。

思い切って二三個投げる。

ようやくこちらを振り向いた。


『ガンガンガンガン!』


それを無下にするかのように、桃子猫が音を出す。

いったい何がしたいんだ?。

二三個投げる。

振り向く。


『ガンガンガンガン!』


詰めに行く。

二三個投げる。

振り向く。

…。

これだ!。

ハメだ!。

ヘイトというシステム上避けられない仕様の、

穴を突いた!。

獅子巨人の射程に入らないよう、

ヘイト管理に最新の注意を払いながら、交互に行動する。そうすることによって、

獅子巨人に永遠に振り向きモーションを

強いることが出来ている。

言うなれば、どちらを先に倒すかモンスターが

永遠に迷っている状態。

幸いまだ岩石砂漠地帯にいるようで、

石などそこら辺に沢山ある。

この状態を続ければ勝てる。

勝てるのだが…。


一時間後。

二三個投げる。

振り向く。


『ガンガンガンガン!』


今だこの作業に終わりが見えてこない。

部位破壊とかはある可能性があるが、

石ころだけではいまいちダメージの通りが分からない。集中力も限界に近づいている。

桃子猫の振る腕も、緩慢になってきている。


「「!」」


獅子巨人の動きが急に止まった。

倒したのか?。

獅子巨人は徐々に身を屈める。

ここに来て、あることを思い出す。

なぜここで思い出したのだろう。

もっと早く思い出せば準備できたし、

思い出さなければ楽になれたかもしれない。

なぜ今…。


「GGGGGGGGRRRRRRRRRROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOWWWWW!!!!!」


――――。

再び脳に激震が走る。

そして刹那に全身に。

そう。

今までに二回見てきた。

HPが一定量まで下回った時、

モンスターが見せる特殊行動。

それはおそらく初撃の流れと同じで、

大きな咆哮をしてこちらを怯ませ、

高速で一撃を叩き込むものだ。

今身をもって知った。

勝手にまぶたが下ろされていく。

戦いに負け、目の前が真っ暗になるといったやつだ。ただ心残りなのは。


「……グェ」


桃子猫に怖い思いをさせてしまったこと。




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