第8話
綺麗な流れで登録を済まし、受付嬢にさよならを告げたにもかかわらず、素材を売るという最初の目的を忘れてしまっていた俺は、気恥ずかしくて、ペコペコとした感じで受付に戻った。
受付嬢から生暖かい視線を受けながら素材を提出し、買取を頼んだ。
すると、袋の中身を見た途端に受付嬢の顔色が変わった。
「…キリさん、これを狩ったのは本当にあなた自身なんですね?」
まさか、リュートに訓練で狩りさせたのがバレたか?とビクビクしていたが、どうやらそれは見当違いだったらしい。
俺の返事を聞いた受付嬢は、「少々お待ちください」とだけ残して慌てて走りながら奥の部屋へと入っていった。
今の騒動で、多少注目を集めてしまったらしい。
周囲の冒険者が、俺の方を好奇の視線で眺めてくる。
なんとなく居心地の悪い中で待っていると、受付嬢が大男を連れて戻ってきた。
男はとんでもない巨体で、立派な髭を蓄えた、筋肉質な初老のようなおっさんだった。
男はこちらによってきて、カウンター越しに俺のことを見る。
「……ふむ」
と、それだけ言うと、受付嬢の案内に従い俺の持ってきた大きな袋に入った素材を観察し始めた。
その間、周囲のざわめきとこちらへの視線はさらに増していた。
このおっさんはすっごい人か何かなのだろうか。
そんなことを考えていると、観察をし終えたらしく、男は俺の方を見て、問いかけた。
「小僧。これは本当に…お前が狩ったんだな?」
と、威圧と共に言った。
「ああ」
それも軽く受け流し、平然とした表情で俺は頷く。
「そうか。……小僧、ちょっと奥の方に来い」
それだけ言うと、こちらに背をむけ、元きた方向へと戻っていく。
…はなそうと言うことだろうか。
リュートを待たせてしまうことになるが、別に構わないだろう。
受付嬢の案内通りに進んでいき、奥の方にあった部屋の扉を開き、入室する。
部屋の中に入ると、さっきのおっさんがソファに座り込み、向かいに座るように、と俺に対して目線で促した。
俺がその指示通りに座ると、さっき入ってきたドアから受付嬢が素材を持ってきて、俺とおっさんの間にあった机に置く。
「さて、まずは自己紹介からさせてもらおうか。俺の名前はジーン。この協会支部のマスターを務めている」
「そうか。俺の名前はキリ。それで、なんのようだ?俺は早めに帰りたいのだが」
「まあ落ち着け。全く……俺だってこんな面倒くさいことはしたくないさ。ただ、お前の持ってきた素材がとんでもないものだったからな」
「とんでもない…とは?」
「そのままの意味さ。…お前、こいつらはどこで狩ってきた?」
「えぇと…ここから南側の森の奥の方だな」
「ッッ!!…そうか。まず結論から言うと、この素材の買取価格は…白金貨5枚だ」
「「!!」」
俺と、隣で立って話を聞いてきた受付嬢の2人が目を見開く。
白金貨が5枚とは、一般的な家庭であったら2年間は何不自由なく暮らしていけるくらいの額である。
俺はこの程度の魔物の素材ならばせいぜい金貨数枚程度だと思っていたため、予想だにしていなかった金額に面食らう。
「……なぜそんなに高価なんだ?」
俺は問いかける。
「そうだな……。まず、お前はこいつらを南側の森で買ってきたと言ったな?」
「ああ」
「本来向こうの森は、とんでもない危険度のため、Bランク未満の冒険者は、立ち入ることすら禁止されている。Bランクの奴らでも、せいぜい浅いところまでだ。それほどまでに、あそこの森は危険なのさ」
そうだったのか。知らなかったな。まあ、そもそもあそこのずっと奥の方で暮らしていた俺からすれば、そんなことは意味不明なのだが。
……もしかして、世界の人間って…思ってたよりもレベル低い?
そんな疑問が俺の中に生じるが、とりあえず今はマスターの話を聞くことにした。
「お前の素材も浅いところのだったらまだ良かったんだろうけどな……お前の言う通り、この魔物の生息地はもっと奥の方だろう」
なんでも、マスター若い頃には冒険者を生業にしていたらしく、当時はAランクだったんだとか。そして、あの森の奥の方に行った時に見かけた魔物と、この魔物が一致していたらしい。
「こいつは俺でも倒すのを諦めたんだけどな……まあそれはいい。問題は、これをどう扱うかだ。それについて詳しく話すために、お前をここに呼んだ」
「なるほど」
「まずは前提条件だが、こいつは俺らが買い取ってもいいんだな?」
「ああ」
狩ろうと思えばまた狩れるし。
「次が問題なんだが…はっきりいえばこんな事態は以上だ。そもそも、登録したてのやつが素材を持ってくることですらそんなにないんだからな。…だからこそ、お前の扱いに困るんだ」
「どう言うことだ?」
「ほら、お前レベルの強者をDランクからスタートさせるのもなんだろう?かといっても、Aランクなんかから始めた日には他の冒険者の反応が目に見えている」
なるほどな。確かに俺はあの場で目立ってしまったし、そうなるのも仕方がないだろう。
「そこでだ。お前は、過去に一回だけ前例があるBランクから始めることにする。…まあ、お前ならすぐに上がるだろうさ」
「…いいのか?それでも面倒くさいことになると思うが」
「そんなやつは俺がぶっ潰してやるよ」
と、袖をまくり、力瘤を作りながらおっさんは豪快な笑顔でいう。
「そうか。じゃあ、ありがたくそうさせてもらう」
そこからは、トントン拍子に話がまとまり、Bランクの、銀色となった冒険者カードを胸に下げた俺は、退室しようとする前に、おっさんに一つ尋ねた。
「…そういえばおっさん、一応でも俺の実力を確かめたりしなくて大丈夫なのか?」
「バカ言うな小僧、お主から漏れ出るオーラを見れば、そんなことはいらんとわかるさ」
…本当に強いんだな、このおっさん。
「そうか。じゃあ、またな」
「ああ」
それにしても、人間じゃないとはなー。
…片方はなんか歪だったけど。
▼
キリが去り、マスターと受付嬢を除き、誰もいなくなった部屋の中、そこに先ほどまでのような緩やかな雰囲気は漂っておらず、ピンと張り詰めたような空気が空間を支配していた。
先ほどまではジーンと名乗り、この協会内のトップとしてキリと話していた男が発言をする。
「まさか、先週に生んだ魔物が早々にやられたと思っていたところに、その死体が運び込まれてくるとは……どういたしますか、クレン様」
男の問いかけに、クレン様、と呼ばれていた受付嬢は、返事をする。
「うーん…人類の中でも
男とは対照的に、リラックスしたような態度で女は応じる。
「やはり、早めに処分を?」
今後障害になりそうだ、と女が発言したことによって、男の顔にはさらに緊張感が走る。
今のうちならまだ、と思ったらしい男は、女に処分するかを尋ねた。
「んー…いやいいよ」
「……なぜ?」
「ん?面白そうだから」
「しかしそれではッッ!」
女の回答に納得することができなかったらしい男は、思わず立ち上がり、声を荒げた。
しかし、それでも女はその態度を崩さずに、しかし顔を
「だから、いいって」
その瞬間に、部屋の中の空気がさらに重苦しい物へと変わる。いや、空気というよりは魔力の密度が変わったのだろう。突然発生した膨大な魔力に驚いたらしい男は、ソファに座り直す。
「…申し訳ありませんでした」
その瞬間に部屋の魔力濃度は一気に戻り、それに安堵した男は胸を撫で下ろす。
「うん、別にいいよ」
女は一貫とした態度で応じる。
話が終わると、女はドアノブに手をかけ、上司であるマスターに言う。
「それでは、ここらで失礼させていただきます」
「…ああ」
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