第3話

 先程までは教室にいたはずが、今、俺の目の前には見覚えのない風景が広がっていた。

 ヨーロッパチックな、西洋の雰囲気のある大きな空間で、目の前には玉座のような豪華な装飾の施された椅子に、校長なんかよりはよほど威厳のある初老が座り、そのすぐ横には、この世のものとは思えないほどの美を纏った、異様な雰囲気を醸し出している女が佇んでいた。


 周りを見渡してみると、西洋の鎧に剣を持った兵隊たちが俺たちを取り囲んでいる。


 どうやらこの空間に来ているのは俺だけではないらしく、教室に共にいたクラスメートもいた。混乱に支配されているらしい周りの生徒たちは、騒ぎ立てている。


「ゴホンッ」


 と、初老の爺さんが音を発した瞬間に、空間は静まり返る。これがいわゆる威厳というものなのだろう。あのハゲの校長じゃこうはいかない。


 すると、玉座の横に佇んでいた美女が前に出てくる。


 男子も女子も関係なくその美貌に見惚れているらしく、生徒たちは美女を目で追っている。


 すると、美女が口を開いた。


「まずは、申し訳ありません。突然あなた方をこの場へ召喚したことを、お詫び申し上げます」


 と、申し訳のなさそうな表情をして、深々と頭を下げた。


「突然の出来事で、多くの方が混乱していると思います。落ち着いて聞いてくれると幸いです」


 なんとも雰囲気作りの上手い女だ。


「あなたがたが突如この場に転移した理由は、私が呼び出したためです。今は信じられないかもしれませんが、あなた方には、特別とも言えるような力が宿っています」


 その言葉と共に、何人かの生徒がざわめく。


「異世界召喚ってこと!?」

「馬鹿、そんなことないだろ。夢だよ夢」

「リアルすぎるって」

「じゃあ…本当に?」

「俺の時代か」


 知識としては知っている、異世界召喚。


 ある日、冴えない主人公が異世界に呼ばれ、その脅威的な力で無双をする。


「らいとのべる」と呼ばれている小説でよくある話らしい。


 しかし、なぜ言葉が伝わるのだろうか。


 一方の女子も騒ぎ立て、混乱は波及していった。


 …夢だろうか。

 それにしては妙なリアリティがある。

 感じる空気や絨毯の感触も、周囲にいる人たちも、夢とは思えないほどに繊細だ。


 だとしたら、この状況は?

 呼び出したといったが、その理由は?手段は?このあとは?

 

 など、数多くの疑問が反芻する。


 そんなことを考えている間に、周りも静まり、あいも変わらず「申し訳ないと思っていますよ」とでもいいたげな表情を浮かべた美女が話を再開する。


「皆さんは今、召喚された理由などに疑問を持っておられるでしょう。私から、順を追って説明させていただきます。まず、先ほども申し上げた通り、異世界から来た皆様には超常的な力が眠っております。そして、その力を使って、皆さんには、我々の世界を救っていただきたいのです。」


 …ふむ、周りの反応を観察するに、これはありがちな展開らしい。


「具体的には、この世界を脅かそうとする魔王を、倒していただきたいのです。魔王は強大な力を有し、我々、人間を滅さんとしています。どうか、お力添えお願いいただけないでしょうか」


 可哀想だ、とでも思わせてくるような雰囲気を出しながら、頭を下げている。


 まあ、こんな得体の知らないような頼みを即承諾するようなやつはいないだろう……と思い周囲を見渡すと、信じられないことに「助ける」という方向性で定まろうとしていた。


 おいおい…そもそもこの女は、一番今俺たちが知るべきである「元の世界に戻る術」について一切言及していないんだぞ…。


 俺と同じように、この状況に違和感を覚えた奴らもいるようだが、先ほど「異世界召喚だ」などと騒ぎ立てていた連中の熱弁に押されてしまっている。


 唖然としていた俺が介入するまもなく、クラスが団結し、代表を務めたらしいやつが女と話している。


 しばらくすると、話はまとまったらしく、女はこちらに笑みを向ける。

 

「それでは皆さん、本日はいろいろなことがあって疲れていると思います。こちらで用意した個室にいき、お休みください。今後の説明は、明日に行いたいと思います」

 

 女はそういい、元いた位置に下がっていった。


 すると周囲に待機したメイドたちがこちらに歩み寄り、一人一人につき、案内を始めた。

 こちらにも、1人のメイドが近づいてきた。


「お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」


「…リューヤだ」


「リューヤ様でございますね。お過ごしいただく部屋に連れて行きますので、ご同行願います」


「…ああ」


 そういい、歩き出したメイドの後に続く。


 しばらくの間、豪華な廊下を歩くと、一つの扉の前で立ち止まった。


「こちらでございます」


 と、メイドは扉を開き、俺に入るように促した。

 ここで駄々をこねても仕方がないので、渋々と俺は部屋に入る。


 部屋の中は、木製の机と椅子、寝心地の良さそうなシングルベッドが置いてあった。


「それでは、私は退室させていただきます。明日の朝にもう一度、朝食を持ってお越しにまいります」


 そういってメイドは退室し、去ろうとする。が、


「待ってください」


 俺は呼び止める。


「何かわからないことでも?」


 メイドは首を傾げ、尋ねてくる。


「はい、何分この世界に来てばかりなもので」


 警戒されないよう、物腰柔らかめに接していく。


「確かにそうですね。何なりとお聞きください」


 メイドは質問に答えてくれるらしい。


「まず聞きたいのですが…玉座の横にいた、あの女性は何者なのでしょうか」


「…王直属の従者にございます」


 ウソ、だな。


 そもそも俺がそこを疑ったのには訳がある。

 まず、国の中では王がトップなのが常識だろう。それなのにも関わらず、あの女が話している途中の王の表情には、わずかな不安が見てとれた。

 もちろん、「従者が失敗をしないか心配」ということもあるだろう。しかし、あれほどのカリスマ性をもった男が、通常の人間にそんな表情をするだろうか。このメイドに浮かんだ少しの動揺も、俺の疑いに拍車をかける。

 確信に至るにはまだまだ足りないが、可能なことならこの段階でわかっておきたい。


 …と、思ったのだが、このメイドに答える気はないらしい。


「では次です。この世界のことについて、詳しくお聞かせ願いたい」


「…明日、詳しく話されると思いますが」


「それでもです」


「はぁ…わかりました」


 納得はしていない様子だが、渋々とメイドは話してくれた。


 この世界には『魔法』があるということ。

 魔法の力は、そのものの保有する魔力の質に依存するということ。

 俺たち異世界人には、特別な力である『スキル』というものが備わっているということ。

 魔王は、魔族を率いて、人間を滅ぼそうとしているということ。

 この国は人間界の中でも大国であるということ。


 などなど。


 こちらでは、多くの情報を仕入れることができた。

 聞いた情報をしっかりと頭の中に入れた俺は、メイドに礼をいい、部屋から出ていってもらった。


 今日はこのくらいかなぁ


 俺は、明日に備えて眠ることにした。










「……歯ブラシってどこかな」







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