第2話
俺はよく、学校の友人に「影がうすい」と言われる。
話を聞く限り、かなり近くにいないと、自然と姿を捉えることが難しいらしい。
それはおそらく、俺の生い立ちに関係しているのだろう。
俺以外はおそらく誰も知らないことだが、俺には父親を殺した、と言う過去がある。
17年前、俺はこの世に生を授かった。
最初の方はまだ良かった。母親も父親も俺に対して優しく接し、そこそこの収入もあったため、比較的豊かな生活を送ることも出来ていた。
しかしある日、父の勤めていた会社が倒産し、父が汚職を行なっていたと言う事実が明らかになったことで、全てが変わってしまった。
汚職に対しての賠償を命じられた父は、最初に家を売り飛ばした。
しかし、それでもお金は足りなかったらしく、連日、お金の取り立てが来るようになった。父が関わっていた金は、だいぶ黒いところのものだったらしく、取り立ては激しくなるあまりであった。
当然、汚職した過去のある人物を雇おうとする企業なんてものはなかったため、無職となった父は、家から出ることはなく、安酒をあおるばかりと言う生活を送っていた。それでも、父のことを愛していた母は、献身的に世話をした。
大した時間も経たないうちに、父のストレスも限界を越えたのか、母に暴力を振るい、叫び倒すようになった。そしてその対象は、俺にまでも及んだ。
いくら小さい子どもだったとはいえ、その頃の俺にも、その環境の歪さはよくわかった。
それでも、母は外部に助けを求めるようなことはしなかったし、俺に対して当たり散らすようなこともなかったため、父さんが酔い潰れている時だけが、俺たち『家族』の、唯一の安心できる時間であった。
そんな生活が完全なる日常と化したまま、俺は小学校中学年になった。
母は働き始めたため、学校から帰ると、いつも俺と父の2人きり、と言うような日々だった。
その頃からだろう。俺の影が薄まり始めたのは。
父は、母がいない分俺に当たりちらし、俺の体はいつもあざだらけだった。
そのため俺は、家に帰るのが怖くなり、公園で時間を潰し、大人に注意されないような時間帯にこっそりと家に帰り、父にいることを悟られないように静かに暮らす、と言うのが日課となっていた。
高学年になる頃には、自分の置かれている環境に対しては諦めの念が芽生えていた。
父にバレないように帰り、父が潰れてから活動を開始し、深夜に母が帰ってくると2人で静かに話して寝る、と言うような毎日だった。
俺も母も父との活動時間帯をずらすことで、なんとかやり過ごしていた。
しかし、そんな安泰の日々も終わりを迎えた。
父のストレスが限界に達したのだ。
わざわざ俺たちを見つけ出し、怒鳴り、殴り、蹴る、と言うようなことを繰り返すようになった。
そして、『自分で考える』と言うことができるようになっていた俺は、父に殴られる、心優しい母を見るたびに、『殺意』と言うものが芽生えるのを自覚していた。
その日、俺は公園によらず、学校から家へと直帰した。
帰ると、案の定父がおり、俺のことを殴った。
しばらくすると満足したのか、父は自分の部屋に戻り、眠りについた。
そのことを確認した俺は、両手に手袋をし、台所にあった包丁を右手に持ち、極限まで気配を消して、父の部屋の中に入った。
父は入室してきた俺に気づく様子もなく、仰向けで、いびきをかいていた。
迷いは、なかった。
俺は瞬時に父にまたがり、手に持った包丁を喉に突き刺した。
「ゔッ」と言う声が聞こえた気がしたが、俺は夢中になって、何度も包丁を突き刺した。突き刺すとともに生暖かい血が飛び散った。
今思えば、それが父のくれた最後の温もりだったのかもな。
しばらくして落ち着きを取り戻した俺は、証拠を残さないようにし、使った服と包丁、手袋をランドセルの中に入れ、林に行き、土に埋めた。
そしていつもの公園で時間を潰し、いつもの時間に帰り、いつものように自分の部屋で静かに母が帰ってくるのを待った。
そして帰ってきた母と共にいつものように話し、父の静けさに違和感を覚えた母に父の死体を発見させ、共にショックを受けた。
そのあとは通報により警察が来て、事情聴取をされたが、俺が犯人だとバレることはなかった。
幸運にも、当時、強盗殺人を周辺で行っていたものがいたことで、そいつが犯人ということになった。
そして現在、17歳となった俺は、ネットサイトでの広告費などによって、母とある程度の生活を送ることができている。
その日もいつも通り、今通っている高校へと登校していた。
あの日から、「俺が母を守らなければ」と思いった俺は、格闘技を始めた。
また、自己流ではあるが剣術なども学んだ。
学校につき、上履きに履き替え、教室に入った俺は、誰とも話すことなく自分の机へと直行する。
残念ながら、俺が格闘技に専念していた間にクラス内のグループが形成されてしまい、入り込む隙がなくなったのだ。
俺が今日の授業に使う教材を机の中に入れ、突っ伏して寝ようとすると、
「おはよう、佐藤くん」
という声と共に、クラス内の男子からの視線を一身に受けた、ザ・清楚系美少女といった風貌の女子がやってきた。
向かってきた美少女は、神倉美奈さんといい、なぜだかひと月ほど前から俺にかまってくるようになった。
クラスメートからは嫉妬の目線を向けられるが、俺から言わせれば、なるべく関わらないでほしいところだ。
個人名で呼ばれたからには無視するわけにもいかず、渋々と行った感じで俺は応じる。
「おはよう、神倉さん。…なんのようかな?」
さっさといなくなれ!、といった感じの目を向け、要件を尋ねる。
「何かなきゃ喋りかけちゃダメなの?」
と、首を傾げながら聞いてくる。
悔しいことに、この仕草も天然なのだ。
だからこそ彼女もモテるのだろうが。
「そんなこともないけど、今、眠たいからさ」
邪険に扱うわけにもいかず、なんとか穏やかに収めようと応じる。
「そっか、じゃあまたあとでね!」
と、天真爛漫な笑みと共に、爆弾を残して去っていった。
今日の休み時間はトイレコースかなぁ……と思いつつ、机に突っ伏す。
そのあとからもゾロゾロと人が登校してきた。
そして、いつものようにホームルームの開始を知らせるチャイムが鳴った。
「ッッ!!」
すると突然、教室の床一面に模様が現れ、発光し出した。
クラス中がざわめく中、目の前が真っ白に染まり────
次に目を開くと、目の前には異常な風景が広がっていた。
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