第13話 二人目

「俺が寝ている間にするんじゃなくて、起きてる間だったら……ハグまではさせてやってもいいぞ」


(日頃のストレスは、ハグだけでもかなり解消されると実証されているらしいし……別にソレ自体は良い。問題は、加減をしてくれないせいで朝起きた時に俺の身体がバキバキになる事だ。それも、力加減をレアに任せるんじゃなくて俺側が調整すれば解決できる)


「ほ、ほんとにッ!?」


「あ、あぁ」


 それを聞いた途端、顔をズイっとシセルの目の前まで寄せて大声をあげるレア。


(うむ……この食い付き方は前に一度見たから今度は驚かなかった。おれえらい。まぁ、正直こんなに可愛い子と『ハグ』するなんて事は……本物の変態であるこの俺ならば、例え相手にお〇ん〇んがついていた・・・・・としてもッ! 余裕でこちらからお願いするレベルではあるッ! その上……レアがして欲しいって言うのなら仕方がないよなぁ?)


「じゃ、じゃあ、さささ早速っ!」


 そう言ってレアは、ハグ待ち顔をする。シセルは……目を瞑って静かに待っているレアを暫く見つめた後──そのまま、勢い良く抱き締めた。


「…………お前は見習いなのに、いつも頑張っているな」


「……な、にを」


 レアは……突然真剣な声色でそんな事を言い始めるシセルに対して、困惑の表情を向ける。


「……さっきの反応はまるで、クビにされたら人生が終わりとでも言う様なものだったな? よく考えたんだが、担当ではないはずの仕事でさえ完璧にこなしていたのは……それが怖かったからなんだろ?」


 シセルはそう言って、過去の出来事を振り返る。


 ──シセルに初めての男友達が出来たあの日、彼が目を覚ます前から既に部屋の掃除を始めていたレア。


 ──ルーナが暴走してしまった時、話し方が元に戻ってしまう程に自身の失態を悔やんでいたレア。


 そして──『すきすきちゅっちゅ』の報告を包み隠さず両親へと伝える程、完璧に仕事をこなそうとするレア。


(まぁ、そこまでしていたのに……何故ココで我慢できなかったのかと追及したくはあるがッ!)


「っ!」


「普通ならば、見習いで俺とそこまで歳が変わらないはずのお前がクビになったとして……独り立ち出来てないはずのお前を家族が助けてくれない訳が無い」


「……」


 その間もハグをし続ける彼の言葉を静かに聞いているレア。


「にも関わらず……レアがそういう反応を見せたのは……家族との関係が上手くいっていないか──既にお前自身が独り立ちしているということだろう」


 『既に独り立ちしている』……その言葉に含まれる意味は複数。主にレアの家族がもうこの世には居なかったり、レアが稼がなければ家計を支える事が出来ない状況に陥っているなどがある。


「……シセルは、すごい……ね。何も言ってないのに、僕の悩みを言い当てちゃうなんて」


(大分幅の広い魔法の言葉を使ったから、これが言い当てた内に入るのかは微妙なところだな)


「……実は僕の家族、もう皆死んじゃってるんだ」


 ──アァ、まっずい! 数ある可能性の中で一番重いヤツ来た! 


 と、途端に全身から汗を滲ませるシセル。


「文字通り天涯孤独になっちゃった僕は、両親が残してくれた貯金を切り崩しながら生活してたんだけど……その貯金も底をついちゃって、住んでた家まで売って無理矢理お金を作ったんだ」


(……なるほどな。暫くはそれを使って仕事を探しながら生活してた訳か)


 当時は今よりももっと幼かっただろう……仕事の探し方すら分からなかったから、とりあえず食べる為に家を売ってしまった……という可能性もある事に気付いたシセルは、無意識にレアを抱く力を少しだけ強める。


「そのお金も無くなりそうになっていた時、僕は運良くソフィア様に拾って頂いたんだ。どうやら僕が一人で家を売る所を見てくれていたみたいで」


(ほぇ~、そうだったのか~……ん? それって、雇い主は母上になる訳だから……俺がレアをクビにするなんて事は出来なくね? 俺の我儘でレアを見殺しにするような選択を母上が取る筈ないし)


「ここは住み込みで働ける上に、ご飯も食べれる。もしも出て行くことになってしまったら、何処にも行く所がなくなって……また前の生活に戻る事になる。でも、多分そうなったら……僕はもう生きる為に頑張れない」


 そう断言するレアの言葉を聞いて……シセルは無言のまま思考する。


「……」


 幼い身でありながら……突然、天国から地獄へと堕とされ、そしてその地獄から奇跡的に這い上がって来る事が出来たのにも関わらず、また落とされるなどという事になってしまったら……レアの身に襲い掛かる絶望は計り知れないものになるだろう。


「だから、何としてもクビになる訳にはいかなかったんだけど……うぅ」


 想像した最悪の事態への不安から、身体が震えてしまうレア。


(初めて経験する事への我慢は難しいからな。この様な状況になった今、これからはその辺の自制はちゃんと出来るようになるだろう)


「なるほど……それならまぁ、これからはそんな悩みを抱く必要はなくなるな」


「……え?」


 そんなシセルの言葉を聞いて、驚きからか身体をビクッとさせる。


「まず……雇い主が母上である以上、俺が直接お前をクビにする事は出来ない。そもそも俺がお前をクビにしたいと思う事自体……今までも、これからも、生涯を通して無いと断言できる」


 ──自身の数少ない男友達だから……居なくなってしまったら困るのは自分なのだ。


 と。


「お前が何かしらの理由でクビにされそうになったとしたら……俺が全力で駆け寄ってそれを取り消させてやる。もしそれが出来なかったとしても、お前の生活が安定するまでは……そうだな、一緒に冒険者にでもなって金を稼ぎに行ってもいいな! 何事も、一人より何人かで取り組む方が楽だし上手く行きやすいだろう」


「……ど、どうしてそこまでッ!」


 ──密着させていた身体を勢い良く離して、シセルの翡翠色の眼を見つめながらそう問い詰めるレア。


「そりゃもう、お前と出会っちゃたし」


「……は、はぁっ?」


「レアという人間に出会ってしまったから、レアという人間を知ってしまったから……お前と──友達になる事が出来たから」


 それを聞いたレアは、ポカンとした表情で両目をパチクリとさせる。


「……それ、だけ?」


「それだけってお前なぁ……あ”ぁ~そうだな、もしもお前が未来で世界を陥れる大犯罪者になったとして……世界中の人間がお前に対して敵意を向けたとしても、俺はお前の友達で居続けられる……なぜなら俺は、今のお前を知っているから。お前の九割が変わってしまったとしても、変わってない一割のお前の為に……お前の味方であり続ける」


「……もしかしてシセルって、僕のこと好きなの?」


 最早プロポーズの様な文言ではあるのだが、シセルは慌てて否定する。


「……バカちげぇよッ! はぁ、これは別にお前だけじゃなくて、ルーナにも母上にも父上にも……俺が今まで関わった事のある人間、これから関わるであろう人間全てに言える事だ!」


「……それって、お人好しとか通り越して……もはやお馬鹿さんの域じゃない?」


「ハッ、バカで結構。別に俺以外の人間が敵意を向けて、罵倒やら何やら言ってんなら……俺一人がその他大勢に加わった所で何も変わんねえだろ? その逆も然り。俺は天邪鬼なんでな、それなら大勢の人間がやってる事の逆をやる。俺だけでもソイツの味方であり続けるッ!」


「……へ~、その大勢が味方だった場合は?」


「…………別にわざわざ敵意を向ける必要はないから、無関心を貫く」


「……ふふ、やっぱバカだぁ! あはははッ!」


 天邪鬼などと言いつつも、いざとなると他人に対して敵意を向けるという選択を取ろうとしない程に優しい……いや、馬鹿な男なのだと気付いたレアは、思わず腹を抱えて笑い始める。


(一ミリも面白くない所で大笑いしとる……またおかしくなったか?)


「ありがとう、シセル」


 そう囁きながら……レアはゆっくりと優しく彼を抱き締める。


「……すごく、安心した」


 微かに湿っているその声を聞いたシセルは……。


「……そうか」


 レアが落ち着くまで、静かに天井を見詰め続ける事にしたのであった。





*********





「落ち着いたか……?」


「……」


 未だ離す気配のないレアの背中に、彼は一瞬だけ視線を向ける。


「……はぁ、今日はこれで終わりだ」


「あっ……うん、分かった。…………えっ? 今日は?」


 少し嬉しさを含んだ反応を見せるレアに、シセルは頭をガシガシと掻きながら、ぶっきらぼうに言い放つ。


「レアの我慢が限界だった時だけだ……いいな?」


「え、う、うんッ! 分かったッ! やったぁ~!」


「うるさ……良いからもうお前は自室に戻って寝ろ! 俺も今日は早く寝たいんだよッ!」


「うん! じゃあ、また明日!」


(……それは、また明日やろうって意味ではないよな? 不安だからスルーしておくか)


 そうして彼は、嬉しそうに走って寝室を出ていくレアを見送った後──。


「はぁ……さて、ティッシュとゴミ箱はどこだっけな」


 パンパンに膨れた下半身を治めるため、無心で身体を横にした。
















 ──翌朝……。




 ──鳴海、起きないのかい?


「……ん……んぅ……分かってるって……あと五分……」


 彼は寝坊する人間が良く使う、お決まりのセリフを呟きながら……寝返りを打って布団を被る。


 ──後少しで朝食の時間だ。早く顔を洗って歯を磨かないと。


「……あ”ぁ~、もう朝か」


 遮光カーテンの隙間から差し込む光が、鳴海の眼球に直撃し……強烈だった眠気が急激に弱くなる。


 ──おはよう、鳴海。


「ん? あぁ、おはよう。……はぁ、全然寝た気がしねェ」


 寝癖だらけの頭に手を当てながら、そう溜め息を吐く鳴海。


 ──僕はぐっすり寝ていたからすこぶる元気さ。君は昨日、レア君と色々あったからね。今日ばかりはしょうがないだろう。


「……あぁ、そうだな。もしもまたハグをする事になったとしても……わざわざ夜中にやる必要もないし、もうちょい早く寝ることもでき……ヴェエエエッ! お前誰ぇぇぇイッ!」


 先程から脳内に響き続ける声と、まるでいつもの事のように会話していた鳴海が……漸くその異常事態に気付く。


《ハハッ、分からないのかい? 僕の身体を好きに使わせてあげているというのに……全く、恩知らずもいいところだね!》


 全くもって怒っているという雰囲気を感じさせない程に穏やかな声色でそんな事を言い始めるナニカ。


「ん、僕の……だって?」


 シセル……いや、鳴海の脳内で声を響かせているナニカは──僕の身体。と、確かに発言した。


「……え? っつーことはお前……──も、もしかしてッ! モノホンのシセルなのかッ!?」


《フフッ……そうだね、正解だよ。初めまして、かな? ──僕はモノホンのシセルだ。よろしくね、鳴海》

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主人公に殺されないと世界が救われない系の悪役に転生したので、気兼ねなくクズムーブをしていたのに…何故か周りの人達が俺を必死に守ろうとしてくる たゆな @makuamu

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