第10話 胸間にあるモノ
「じゃ、早速始めるね?」
「おっけ〜!」
「おっけ〜?」
本人は聞き慣れていないであろう『おっけ〜』という言葉に首を傾げるルーナ。このままだとシセルは、突然意味の分からない言葉を叫んだ変人となってしまうが……説明してくれようとしてるのを邪魔したくないと考えた彼は、それを敢えてスルーする。
「……シセルは、今どのくらい魔力を扱える? 魔力の感覚を掴める程度とか、魔力を操作できるくらいとか……もう魔法を発動する事まで出来ちゃったりする?」
過去に行われた両親による英才教育には魔法関係のモノもあったが、実技より関連知識を蓄えさせるのがメインで、そのほとんどが資料に基く勉強だった。その為、シセルは現状……魔力操作や魔法に手を付けるなどはまだまだ先の事で、ギリギリ魔力の感覚を掴めるようになった程度で止まっていた。
「魔力の感覚を掴める程度かな……?」
それを聞いたルーナは一瞬だけ思考するような仕草をした後、直ぐにこれからやる事についての説明を始める。
「私は魔力の感覚を掴んだ後、そのまま魔力操作の練習を頑張ったけど……人に教えるって考えたら、そこからよりも魔法を発動する練習と同時にやった方がシセルにも分かりやすいと思う!」
(なるほど。よく分からんが、ルーナがそう言うって事はそうなんだろう……知らんけど)
「でもさ、そもそも……魔法ってどれの事を言うんだ? この間ルーナが水球を生成したようなヤツは魔法だって分かるんだが……魔力操作は魔法に入らないのか? 俺が勉強したというか……俺の知識にあるものと、ルーナが考えている事にどれくらい共通する部分があるか一応確認したい」
すると今度は『う〜ん』と唸りながら悩んでいる様子のルーナ。なかなか言葉が出ないのか『う〜ん』と言う度にポーズを変えている。
(──なんだかスゴイカワイイです)
「えっと、どこまでが魔力操作で……どこからが魔法なのかっていうと、多分……魔素を変質させないで、そのまま操るのが魔力操作で……別の物質に変えちゃったり、魔素単体にはない別の力を生み出すのが魔法なんじゃないかな? って私は考えてるよ!」
(ふむ。それは概ね前の俺が蓄えた知識にある通りだな。魔素は、人間のように思考力を持つ生物の体内のどこかに存在するされている魂のようなモノ『ソウルオプレティオ』、略して『ソルオプ』と呼ばれる器官によって操ることが出来るとされているらしい)
現在の彼ではなく、記憶を思い出す前のシセルが蓄えた知識なのだが……『ソルオプ』は基本的に魔素集合体である魔物には存在せず、人間や獣人……エルフといった人型種族、魔物と同一視されてはいるが厳密に言えば別物である神獣……という生物辺りには存在している。
「っていうか……なぁ、ソレって母親に教わったりしたの? それとも自宅に魔法関連の書物とかあって読んだりしてた?」
「ううん、ずっと魔法の練習してたら……多分こういう感じなんじゃないかなって」
(──はい、出ましたね。出ちゃってます天才の部分。というか……ここまで来るともはや頭がおかしい。書物に記されるような仕組みを自力で理解してるのはヤバい。それをこんな幼い少女がヤってしまっているという事が尚更エグい)
「じゃあ、魔法の発動の練習を始めるね。まずは、シセルができる所までで良いから……魔力の感覚を掴める辺りまで魔素を感じてみて?」
(うむ、ムズいな。体内のどこにあるのか分からない器官を使用する以上、やはりその辺は個人の感覚に任せるものになってしまうのか)
『ソルオプ』を操る為の感覚など……恐らく、五感に含まれないモノ。視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚のどれでもないであろうソレは……一体何覚なのだろうか? 凡人であるシセルでも、魔力の感覚を掴める程度まではイけた様だが……”操る”となると、やはりそれだけでは難しいのだという事が分かる。
「あ”ぁ〜……とりあえず、ある程度までは知覚できたぞ」
「おっけ〜! じゃあ、そうだなぁ。私が前に作ったような水球をイメージして、そのまま手首辺りに力を入れてみて?」
(いや……『おっけ〜』を使いこなしてる事に衝撃なんだが? これについて特に説明をした訳でもないのに当たり前のように口から出てきたんだが?)
突然の事に……関係の無い内容で脳内が圧迫され、ここまで掴めていた感覚がリセットされてしまうシセル。
「シセル?」
「あ、あぁ、分かった」
(ビックリし過ぎて逆に俺が『おっけ〜』を使えなくなったわ。そして手首辺りに力を入れるって……魔法ってそんなスポーツ感溢れる発動方法なの?)
シセルはそのままルーナに言われた通りにしてみると、自身の掌の先に空気中の水分が集まるような形で水球が
「……できた」
「わぁ。初めてなのにデキちゃってる!」
(え、魔法も初めてでデキるのは色々とマズイ事なのか? やはり、初めての場合はしっかりと準備をして事を始めるべk)
「私でも何回かやらないと発動できなかったのに……むむむ」
スムーズに魔法を発動したシセルを見て悔しそうな表情を浮かべるルーナ。
(ふむ、既に魔法関連の知識を持っていたからか?)
と、考えるシセルだが……恐らく、以前にルーナが水球を発動する様子を見ていたというのが大きいだろう。
「しかも、二つなんて……まだ初めてで制御が難しかったとしても大きさが変わるくらいだし、なんでだろ?」
(──確かに。え、なんで? 俺は今、普通に一つのイメージで作ったはずだ。ルーナの水球は一つだった。それを見ていた分……そのイメージに寄っているから二つになるのはマジでおかしい)
自身がどう意識していたとしても、水球が二つ同時に生成される要素など無かった筈なのだ。シセルは怪訝な表情で、既に形を崩した水球によって作られた二つの水溜まりを見詰める。
──すると、少し離れた所でそれを見ていたレアが……何故か驚愕の表情でシセルの居る方へと向かって歩いてきた。
「シ、シシシセル! い、今のって……一回で二つ一気に出たの? 同時にッ? 物凄く早く二回目を発動したとかじゃなくて!?」
「え、そ、そうだけど……なんかマズッた?」
「シセル。魔法は普通……まるで同時かのような速度で一回ずつ発動したり、既に発動してるモノに追加で発動して複数発動に見せかけたりすることは出来るんだけど、複数同時発動は出来ないと言われてるんだ」
「え」
「……マジで?」
「マジで!」
「これ、もしかして……ヤッちゃってる?」
「うん。やっちゃってるッ!!」
(──いや、え……なんでぇええ?)
「ヤっちゃってるのかぁ……」
そう消え入るように言うシセルに対して、頭をブンブンと勢いよく縦に振るレア。
「研究職の魔法使いですら最速は0.01秒で再発動とかなんだけど。シセルは同時発動できた……できてしまった。多分世界初だから、もしこれがバレたら……あらゆる研究機関で実験台にされたり色々されちゃうだろうね」
「え"」
(色々されちゃうの!? エ〇チなやつとか、安全なモノでお金が沢山貰えたりする系なら……まぁって感じだが、マッドなやつだった場合は余裕でお断りさせていただきます、ハイ)
と、妄想でニヤニヤしているシセルの隣で──あらゆる研究機関で実験台にされる。という言葉を聞いたルーナが絶望の表情を浮かべる。
「シ、シセルが、実験台に……? もしそうなったらきっと離れ離れに……やだッ! シセルと会えないのやだぁ!」
(──え……俺が実験台にされるまでは良くて、離れ離れになるから嫌なのか。いや、あの……俺は実験台にされるのも嫌なんですが)
「離れ離れと言えば、シセル。あの事伝えなくていいの?」
絶望しているルーナをスルーして『離れ離れと言えば』などと……──一体どのタイミングでどこから連想しているんだお前は! というツッコミを入れたくなるような鬼畜過ぎるセリフを口に出すレア。
(……ん、あの事? あぁ、アレね! ……なんだっけなぁ、全然思い出せない。えっと、確か──)
「レアが俺を通さないとルーナと会話できないって悩んでるみたいでな。現状……レアと俺が友達、俺とルーナが友達。でも、レアとルーナは友達になれたのか分からなくて気まずいらしい」
「え"っ! そんなコト思っ……てたけど言ってないよねッ!? 伝えて欲しいのはそんな話じゃないよッ!」
実際に思っていた事を当てられてしまい、慌てるレアに対して──おや、どうやら違ったみたいだ。……などと惚けるシセル。
「へぇ〜、そんなコト考えてたんだ。私は別にレアの事はもう友達だと思ってるよ?」
「えっ……そ、そうなの? じ、じゃあ僕にも友達の証を……」
「えっ、流石に私も……『すきすきちゅっちゅ』は普通の友達とするコトじゃないってもう分かってるよ……? シセルとしてるのは、その……シセルの事が好きだからだし。レアが私としたいのって……そういう事?」
「え、いや……そういう事ではないんだけど」
(……ふむ。女の子の方が好きだというレアが、ルーナの事が好きという訳ではないのに『すきすきちゅっちゅ』をしたいと? 俺とルーナの『すきすきちゅっちゅ』を見てしまったせいでレアの変態化が進んでしまっているな。仕方ない、助け舟を出してやるか)
「実は俺、3年後……13歳になったらセントラム学園に入学する予定なんだよね」
「シセル……分かってたなら最初からそっちを言ってよッ!」
シセルは、そうやってキレ始めているレアから視線を逸らす。
「……いやぁ、今思い出したんだよ。本当に」
「……絶対に嘘だッ!」
「え……それって、貴族の人達が沢山いる学校?」
「そうだな。もし俺がそこの学生になったら、当分は寮の生活になるから……ルーナとはなかなか会えなくなるかもしれないんだ」
──嘘だッ! と、強く抗議するレアをガン無視して話を進める二人。
「え、えっ、え! じゃあ、私も……あっ、で、でもそっか……私は平民だから」
急激に動揺して、冷静さの欠けらも無い姿を晒し始めるルーナ。
「……そこで俺の両親が、セントラム学園の推薦入学者としてルーナを推薦してくれるみたいなんだけど、それでも平民が入学する場合は……ガチで勉強しないと合格できないらしいんだよね」
(ちょっとでもやる気を出して欲しいからルーナには伝えないが、コネ入学はできないらしい。……だから実際は、父の推薦なんて殆ど意味がない)
ルーナ自身が首席入学者にでもなる事が出来れば、推薦など必要ないのだが……現実的に考えてそれは流石に厳しい。一応ではあるが、都市に対する数々の貢献実績を持っているリオネルの推薦状を添えれば……少しでも合格率が上がるのではないかという”希望的観測”が故の行いであった。
「がちで勉強……」
シセルが発言した『平民が入学する場合は』という部分を聞いて希望が見えたのか、動揺が収まり……そうボソッっと復唱する。推薦されたという事実より、平民も入学できると知った事でやる気が出てしまう所が実に彼女らしい。
「そう、ガチで勉強。……えっと、ルーナは俺と一緒にセントラム学園に通いたいか?」
「うん、シセルがそこに入学するって言うなら……私もそこに行く」
「そっか。それでさ……俺も貴族として今の立場を守る為にも、学力を上げないといけない訳で……ガチで勉強する必要がある」
「……シセルも?」
「あぁ、だからこれから一緒に入学するまでの間……──俺ん家で一緒に勉強しないか?」
(ハイ、ここで『俺ん家で一緒に勉強しないか?』の童〇卒業させて頂きましたありがとうございまぁ〜す! レア、俺はやったぞ……漢を上げる為の第一歩を踏み出してやったぞ!)
「……ねぇ、シセル。それって……なんで私に伝えたの?」
「え? なんでって、それは……」
(……いや、別にそんな理由とかなくね? 仲の良い友達と一緒の学校に行きたいって思うのは普通だし)
「シセルのお母さんやお父さんが私を推薦してくれるって言ってくれたのは凄い嬉しいし、感謝してる……でも、シセルはそれを私に伝えなくたっていいよね? 別に私と恋人になりたい訳でもないんだから」
わざと表情を見せないようにしているのか、手をお尻の辺りに組んだまま背中をこちらへ向けているルーナ。
「……友達として一緒に居るって約束しただろ」
「ふ〜ん、でもそれって……学園に通いながらでもできるよ♪」
「いや……卒業までの長い期間、ずっと寮生活をするワケだから、ルーナとは会えなくなる。そしたら約束を破る事に……」
「平民が入学できる事を教えるだけでイイのに……わざわざ『推薦してくれてる』なんて、私に希望を見せて少しでもやる気を出させようしてまで? 私がそのまま合格できなければ、シセルが約束を破ったっていうより……守ろうとしたけど、そうなっちゃったって言い訳できるよ?」
その勢いに気圧された彼は、思わず言葉が詰まる。──俺を問い詰める時の語彙力と理解力の限界突破エグすぎね? と、内心落ち着かないシセルは、緊張してゴクリと唾を飲み込む。
「もしかして……学園に通ってる間に、私の気持ちがシセルから離れるかも〜とか思った? 私が誰かに取られちゃうんじゃないかとか思った?」
一言喋る毎に、浮かべているその笑みを深めていくルーナ。その声が……その言葉が耳に入り込む度、徐々にシセルの呼吸は荒くなっていく。
「シセルは……『私を独占したい』って♡……思った?」
そして、何かを確信するように……魔性の女は、その魅惑の瞳を彼へと向けた。
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