第9話 男の試練
「本当はね〜? 学園に通い始めた後、そこで好きな子とか恋人を作って欲しかったんだけど……息子の手が早くて、ママちょっとビックリしちゃった!」
「しかしまぁ、そうなると……シセルとルーナ君はかなりの間、離れ離れになってしまうな」
(……どういうことだろう。俺が通うはずの学園って、やっぱり平民は通えないタイプの所なんだろうか?)
母ソフィアの口から”学園”という単語が出たのにも関わらず、己のアオハルの事しか頭にないシセルは……もちろん毛程も知らない──『プリンセス・オブ・マジックハーツ』のメインとも言える”学園編”……平民である物語の主人公が、都市中央部に存在する『セントラム学園』に入学し、伯爵、公爵、領国主の子息達と様々な恋愛模様を描く……という部分なのだが、ラスボスであるシセル・ユーナスはまだこの時点で主人公と関わり合いになる事は無い。一応、ストーリーの裏で主人公と同じように学園生活を過ごしていたという設定が、ゲームクリア後のキャラ図鑑という項目で確認できるのだが、本格的に登場するのは卒業後の話なのだ。
「私達が都市内で暮らしていたのなら、そこに関しては問題なかったのだが……このユーナス領は中央都市から少し離れた位置にある。同じ様に都市外に住んでいる人間が通う場合、大体の生徒はセントラム学園の寮で暮らす筈だ。当然、お前も卒業までの間……ずっとその学生寮で生活する事になる」
(ほぇ〜! ……なるほどぉ)
「学歴上……そこに通っていたという事実が将来就職する上で有利になるような学校は、ユーナス領内にもかなりの数がある。平民であるルーナ君は貴族家の人間であるシセルと違って、わざわざ領外の教育機関……それもセントラム学園に通わなくとも、十分に学ぶことが出来るだろう。相当な理由がない限りは、ルーナ君の両親も領内の学校に入学させようとするのではないだろうか」
(ふむ、離れ離れになるっていうのはそういうことだったのか)
「仲の良い友人と離れるというのは……シセル、お前も辛いだろうがな」
父リオネルの言葉に対して、悩みを抱えている人間特有の暗い表情を浮かべるシセル。
「そうねぇ」
それを見てシセルが寂しさを覚えているのだと思ったソフィアは、溢れんばかりの母性や優しさを感じさせるその垂れ目を瞑り、解決策を考え始めた。実際にシセルの心にあるのは……”ルーナやレアと離れる事による寂しさ”などという綺麗なモノではなく、ルーナと一緒に居ると約束をした傍から、学園に通う事となったせいで……実質的に嘘をついた形となり生まれた罪悪感だった。
「う〜ん……あっ! シセルちゃんがルーナちゃんの事を誘ってみたら良いんじゃないかしら?」
するとソフィアは──閃いた! とばかりにパッと顔を輝かせた直後……人差し指を立てながら、そんなことを言い始める。
(──さ、誘うって……ナニにッ!?)
「あぁ、確かにそれは良い考えだな! 平民だと……かなり学力がないと難しいが、幸いルーナ君は頭が物凄く良いらしい。私の推薦も合わされば、きっと合格出来るだろう!」
……まるで最初からそう考えていたのかと思うほどの棒読みで肯定するリオネル。
(あぁ、一緒に受験させようって事ね。……夫婦の会話の練度が高いからなのか、俺の頭がエ〇い事しか考えてないからなのか、全く……理由の検討も付かないが、理解するまでに少し時間が掛かってしまった)
「じゃあ今度、ルーナちゃんをお家に誘って……皆でお勉強会をしましょう!」
中央都市にはセントラム学園以外にも数多の学校がある訳だが……基本的に貴族の大体は、セントラム学園に入学する事が出来る15歳までに、専属の家庭教師を雇うか、教材、学習材を収集して自力で学力や作法を身に付ける等という……金で能力を買う手法を良く使っている。対して平民は、少ない金額で済む中学校までは……付近の所に通わせ、子供の学力や金銭事情次第でそれ以降の教育機関に受験させるという形だ。『プリンセス・オブ・マジックハーツ』は、このように時代背景がごちゃ混ぜなのにも関わらず……何故か大ヒットしたというのが数ある謎の内の一つとされている。
「あぁ、そうしよう! 入学が決まってるとはいえ……シセルの学力が低かった場合はかなり立場が悪くなってしまう。これは、この家の立場もそうだが……シセル本人の立場としてもだ」
(ふむ、確かに……貴族の中でも、ユーナス家はポンコツ! とか言われたくないしなぁ)
「たま〜に凄く嫌な子とかいるわよね〜。ま、そういう子を黙らせる為にも……シセルちゃんには頑張って貰わなきゃね!」
(イジメとかされたらと思うとマジ怖い。絶対嫌だ。ボクハゼッタイニツヨクナル)
「最低でも、平民の入学者よりは成績を上げて欲しいが……ルーナ君を基準にした場合、一体どうなるのかだな」
(一日で別人格が生まれたと錯覚する程の知識量を頭に入れられる天才だからなぁ。アレを超え……え、アレを超えるのが最低限なのッ!?)
普通に考えれば……鳴海のような凡人には無理だろう。しかし、前世の記憶を思い出す前の……本来の彼なら余裕だったはずだ。それは、シセルが現在扱える様々な技術や知識によって証明されている。つまり、やる気を出せばイけるという可能性は十分にある。
「まぁ、それは勉強会で確かめましょう! ……じゃあ、シセルちゃん。ルーナちゃんをお願いね?」
──とりあえず誘ってみるか。
と、心に決めたシセルは、前世でも今世でも初めて経験する……女の子を家に誘うという試練への挑戦を開始した。
現在、彼が居るのは大庭園内……いつもルーナと会っている木製の椅子がある所──付近の草むらの中だ。
「やべぇ……緊張してきた。家に誘うなんて……一体どう誘えば良いんだ!」
(既に変態という称号を獲得済みの俺がいくら考えたところで、結果は差程変わらないだろう。ならば最初から事の全てを正直に話した方が伝わる事も多いはずだ。そもそも『一緒の学校に行きたいから、俺の家で一緒に勉強しよう』と伝えるのは、何も悪い事ではない。家に誘う事を意識し過ぎて、やましい気持ちが出てきているだけ)
などと脳を無駄にフル回転させることで、緊張を和らげようとしているシセル。
「あ、あ〜! 別に今日は会う約束をしているワケじゃないし……もしかしたら、ルーナは来ないかもしれないし!」
「……こらっ! 帰ろうとしない!」
Uターンをして帰宅しようとしたシセルの首根っこを掴んで、元の位置に戻すレア。もはや遠慮という物は無くなっている様だ。
「そんなに自信がないなら、僕が代わりに言ってあげようか? もう色々知られてるだろうし、一緒に勉強しようって言うだけだしね」
「え、マジ? じゃ、それで頼むわ」
(ラッキー! これで失敗しても……俺がフられたという事実を作らなくて済む。よし、何かあった時は『誘ったのはコイツですッ!』って言おう)
自身の性質を理解したとしても、人間性はそんな簡単には変わらない。責任を取ってくれそうな人間が居たら、その物に全てを委ね……押し付ける。それが今のシセルであった。
「……やっぱりヤダ!」
そんなシセルの態度を見て、その整った綺麗な水色の眉を少し寄せ……プイッとそっぽを向くレア。
「なんでだよッ!」
──期待させておいて断るのやめろッ! と心の中で呟く
「なんか、シセルに全責任を押し付けられる予感がしたから」
「…………俺がそんな事するワケないだろ」
(えぇ……俺ってそんなにわかりやすいのか? 全部俺の顔に出ているのか、もしくは……コイツが超能力を使えるのかの二択だな。そして答えはおそらく後者だ)
そんな超能力を使われていたのなら、これだけでは済まないだろう。意識していれば隠せているというのに、油断していると直ぐに表情に出てしまうという少々ポンコツな一面がこの男にはある。いや……もしかしたら、ポンコツじゃない面の方が少ないかもしれない。
「というか、こんな話してて良いの? ルーナちゃん、さっきからずっとあそこで魔法の練習してるみたいだけど」
そう言って、いつの間にか木製の椅子の横に立ち、球体状の水でお手玉をしているルーナの方を指差すレア。
「ホントだぁ。スゴイな〜」
「いや……『スゴイな〜』じゃなくて!」
(いやぁ〜良く見てみると本当にスゴイ。前は『すきすきちゅっちゅ』の事しか考えていなかったから、細かい技術まで意識を向けるということはできなかったけど)
「ルーナは頭が良い……失敗しても常にその原因を考えて、同じ失敗をしない為に思考錯誤しているのが分かる。そしてそれを専門の知識無しで、感覚で理解出来る運動神経というか……肉体制御が上手く、勘もある」
恐らく……彼の前世の世界でFPSゲームでもやらせたら、時間さえあればトッププロのレベルまで到達できる程の才能だろう。
「あ、そう考えると確かに! ……なんか、考えてるのが分かるっていうか! ……無闇矢鱈に魔法を使ってる訳じゃないっていうか! 身体の使い方が上手いよね! 勘も鋭いし!」
「あぁ…………それ全部、今俺が言ったヤツだけどな」
シセルの体は一応、前世の記憶を思い出す前から両親の英才教育を受けていた。当時の彼は……他にやりたい事があったのか、単純に勉強が嫌だったのかは分からないが、それに対してあまり意欲的では無かった。だが、意欲的では無かったとしても一応はやっていて、確実に前へと進んでいた……努力を続けていたのだ。そして、その努力の成果はしっかりとその肉体に……脳に宿っている。
(……嫌な事を続けられるその精神には、精神年齢的に歳上の俺でも尊敬の気持ちが出てしまう)
──瞬間、不可解な現象がシセルを襲う。
「……ん?」
(今、一瞬右手の人差し指が勝手に動いたか? 指ピクどころか、指グイしてたよなッ!?)
──痙攣とかそう言うレベルじゃなくて、明らかに普段自分で指を動かした時みたいな動きをしてたぞ!
そう思ったシセルは、指グイしていた自身の指を暫く見つめて考える。
「……」
(昔、俺が好きだった漫画で……『魂=肉体であり、肉体=魂である』みたいなセリフを見た事ある。もしかして……この肉体がある限り、持ち主の魂が完全に消える事はないとか、そういうのがあるのか……?)
「シセル? どうしたの?」
(──
先程の指グイ以降……それに対しての反応が返ってくる様子はない。だが、もしも本当のシセル・ユーナスがまだこの肉体に存在しているというのなら──。
「はぁぁ〜!」
「どうしたの急に。そんなタメ息なんか吐いちゃって」
(魔法の勉強でもして、この肉体を返す方法を探すっきゃ無いかぁ〜。いや、返したとして……その場合、この世界はどうなるんだろうか? 世界を滅ぼす筈の力は俺の魂に存在しているのか、本来のシセルの魂に存在しているのか……どっちなんだ? 下手なコトして、うっかり解放させちゃったらヤバイし……どうするべきか)
「……お〜い、シセル〜? また無視……じゃないね、この感じは考え事してるやつだ!」
「あ、悪い。少し考え事してた」
「やっぱりッッ!!!」
「うばぁッ!? 声デケェッ!」
(……何故かもの凄くニコニコしてんな。自分の予想が当たった事がそんなにも嬉しかったのか? それとも、俺が考え事してる姿がカッコよ過ぎたか。フッ……まぁ、レアの事だから、無視されてる訳じゃない事に気付いて安心したとかその辺だろうけど)
「二人共……こんな所で何してるの?」
「うわぁッ!」
「ふぁッ!? ……なんだ、ルーナか」
突然……草むらの間からぬるっと顔を出してきたルーナに、思わずビックリして叫び声をあげるシセルとレア。
「いや、それがね? シセルがなかなk」
「ルーナの魔法が凄くて見蕩れてたんだ! 俺もちょっと魔法に対して興味が湧いてきてな? 良かったら少し教えて欲しいんだけど、頼めるか?」
「シセルが、魔法に? ……うんッ! 一緒に練習しよ!」
「よっしゃ、ありがとうルーナ!」
そうして、草むらからいつもの木製の椅子前まで移動するシセルとルーナ。
「……シセル、なんの為に来たのか忘れてないと良いけど」
──そんな二人を少し後ろから……呆れ顔ではあるが、一応……見守るスタンスを保つレアであった。
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