第8話 自他理解

「やーだ♡」


 と、ルーナは満面の笑みを浮かべてシセルの告白をぶった斬る。


「え……?」


 完全に予想外の返答であった為……脳の処理が追い付かずに放心してしまったシセル。そんな彼の様子を見て、ルーナは満足そうにクスクスと笑っていた。

 

「ふふっ……シセル。そんなヒドい顔して、どうしたの〜?」


「え、いや……どうしたの……って、ルーナこそ……俺の事が、その……好きなんじゃないのか!?」


「ん〜? 勿論好きだよ〜!」


「な、なら、どうして……?」


 ルーナは少し考える素振りを見せた後、ニヤニヤとしながらそんな事を言い始める。


「だってぇ……シセルのソレって、私の事が好きなんじゃなくて……責任取りたいから付き合いたいって事だよね♪」


 瞬間、シセルの脳に衝撃が……というかもはや電撃が走った。


「……ぁ」


「勝手に責任取って、勝手に罪滅ぼしをしたいってコトだもんね〜♪」


「……ぁぁッ!」


「だから『恋人になってくれ』って……ぜ〜んぶ自分の事しか考えてないただの自己中人間だよね〜!」


「……ぁぁあ"ッ!」


 ルーナの言葉は全て図星だった為、その全てがシセルの心に……魂に刺さり、大ダメージを与えられてしまう。


「私はそれを認めない。責任を取るからなんて理由で、シセルが私に告白するのを……認めない」


 ──それを受け入れる私を認めない。


 と、何かを決意したかのような表情のまま、そう静かに零すルーナ。


「ッがぁ! 最後の方は良く聞こえなかったが、なるほど……俺がルーナに向けてしまった言葉は……こんなにも心が痛くなるモノだったのか。ぐふっ……」


「でも……」


「ぅあー……?」


 もはや人の言葉を話せそうにないシセルを無視して、ルーナは話を続ける。


「私もそうだったから……おあいこ、だね?」


 先程のニヤニヤとした表情は無くなり、少し申し訳なさそうにシセルへと顔を向けるルーナ。


「自分が好きになったからって、無理やりそれを押し付けようとしちゃった……だからさ、シセルはまだ私と恋人にならなくてもイイよ?」


「……」


 徐々に思考が戻って来たシセルは、ただのバカのような逝ってしまっていた顔面を元に戻し、真剣に話を聞くことに専念する。


「シセルが私の事を好きになってくれるように頑張るから! 『俺と会わずに』なんて突き放すんじゃなくて……」


「……っ!」


 ここまで……まるで冷静かのように振舞っていたのが嘘のように声を震わせて。溜まる涙を零さないようにと目を見開いて。


「私の事も『友達』として、一緒に居て貰えませ……んか?」


 綺麗な顔をくしゃくしゃにしながら、シセルへ向けてそう懇願するルーナ。幾ら母親の英才教育を受けたからと言っても、ただの一人の少女である。その姿を見て、シセルは自身の発言を深く後悔した。


(何故……俺は、何故もっと考えなかったんだッ! 何故もっとルーナの事を思いやれなかった! 所詮子供だから大して考えてないだろうなどと人を見下していたんだッ! ……どうやったら俺は、今のルーナを元気付けてやれる?)


 ──どうやったら友達・・と仲直りする事ができるッ!


 脳をフル回転させて、頭を抱えたまま俯くシセル。


 ──果たしてこのまま『そうだね、一緒に居よう』などと言えば良いのだろうか。相手が求めている言葉を、その通りに言うだけで?


「ごめんルーナ」


 ──自分せいで泣いているこの少女に対して、一体何様のつもりでそのような言葉を吐けるのかッ!


 と、自身の心と思考が纏まったシセルは……ルーナの両肩を勢い良く掴んで、近くにある木製のベンチへと無理矢理座らせる。


「……ッ」


 断られたと思ったのか……ルーナの目から、堪えていた涙が零れ落ちる。


「俺は今すぐ責任を取りたいとか、今すぐ罪滅ぼしをしたいって思ってる自己中人間で……人としてオワってるっていうのは事実だ……でも」


「……?」


 どうやらただ断られた訳ではないと分かったのか、まだ耐える事ができている感情の決壊を……必死に抑えて耳を傾けるルーナ。


鳴海は今すぐ友達と……俺の、初めての友達と仲直りがしたいッ! なぁルーナ、これからも友達として……俺と一緒に居てくれないか?」


 ──シセル・ユーナスとしてではなく、その中身……岸山鳴海・・・・である自分自身がッ! という意味を込めて手を差し出すシセルの事を……潤んだままの瞳で見つめるルーナ。溢れだしそうな気持ちを抑えるように……唇を震わせたまま何も喋る事が出来ない様子だ。


「──ぅん」


 そう答えた後、先程まで抑えていた感情とは別のモノによって……涙を零れさせながらも自身の気持ちを伝える為、シセルの身体を力強く抱き締める。


「……ぐおぉ……強ォ! ……ルー、ナ! 俺、達は……グハッ! ……これからも、友達だ……ぞッ! ……またメキメキ言っとるメキメキ言っとる!」


 ……シセルとルーナの関係が始まったそれ・・を再び行う事で、互いを再確認し……より強固な絆を育む二人。


「う"ん"っ! 私とシセルは……これからもずっと……ずぅっっと友達!」


(大分念押しするな……え、そんなにずっと友達のままなん? 違うよね? 俺が本当にルーナの事を好きになれた時は付k)


「約束だからッ!」


「あぁ、約束だッ!」


 あまりにも『ずっと』という部分を強調するルーナに不安感を覚え、そのような事を考え始めるシセルだが……そんな思考を中断させる程の勢いで叩きつけられた言葉に、脊髄反射で肯定の意志を見せる。


 ──そうして泣きながら抱き合う二人を横で見ていたレア……そして、その更に遠くから映像記録媒体を用いて全てを聞いていた人間二人は、涙を流しながら『良がっだ良がっだ』と言葉を繰り返すのだった。









*********








「……ふわぁ……あ?」


「あ、シセル。おはよう!」


「んあぁ? あぁ……おはよう、レア」


 昨日は流石に疲れたのか、帰宅直後に爆速で眠ってしまったシセル。


「随分とぐっすり寝てたね。もうお昼だよ〜!」


(それはヤバいな。俺が寝たのは昨日の夕方とかだったから……)


「……マジか、相当爆睡しちまったなぁ」


 夕飯も食べずに寝た為、昼に起きた彼はもう既に夕食に加えて朝食も抜いてしまっている。現在進行形で非常にお腹が空いていて、なかなか体を動かす事ができない。


「お昼はどうする?」


 ──ちょっと夫婦みたいな雰囲気出して言うな。


 と、シセルは内心でツッコミを入れる。


「あぁ……食べる」


「分かった! ちょうどランチの時間だから厨房の人に伝えて来るね!」


「あ、あぁ。ありがとうレア」


 物凄く助かるし、有難いという気持ちでいっぱいではあるが──何故当たり前のようにレアが俺の部屋にいるのか。と、困惑した様子でレアの方へと視線を向けるシセル。レアが担当している仕事のメインは一応『シセル専属の付き添い人』である。ではあるのだが……別に同じ部屋で一緒に寝ている訳ではない。幾ら専属と言えど……通常、主人の部屋に入る場合はノックをして、返答がない場合は勝手に入らずに後ほどまた伺う……という風にしなければならないはずだ。しかし、レアにそのような事をされた記憶などシセルには無い。


 ──一体、俺の世話をどこまで担当しているのだろうか。


(そう言えば以前も……目が覚めたら既にこの部屋に居た。あの時は初めまして且つ、自己紹介やら……あと他にも色々あったせいで気にする暇が無かったな)


 そんな事を考えながら、自身の身体中に感じる節々の痛みに気付くシセル。


「なんか、身体中が痛えな……昨日のルーナのハグが強すぎて打ち身になってんのか? 流石にそこまで強くは無かった……とは言いきれないが、まぁ多分寝違えたとかそんな感じだろう。ルーナのせいではない。俺の寝相が悪かっただけだ、うん」


 ルーナと仲直りした後……初めて会った時の別れ際を思い出したのか、お別れのキスをねだろうとした彼女が……ふと足を止める。すると、そのまま『恋人になれるその日まではすきすきちゅっちゅをやめよう』と言う提案を出した。シセルがそれに了承すると、ルーナは彼に対して『最後のハグ』を求めたので、今までで一番の力でシセルの骨を軋ませ……その場に居る全員が、その音を確認してから帰る事となった。

 帰宅後、流石に眠気が限界だったシセルは……直ぐに自室へと向かったが、レアは彼と別れて、ユーナス夫妻の部屋の方へと……その日の事を報告しに行った。


(嘘をつけとは言わないが……全てを話すのはやめて欲しいという俺の気持ちをレアは汲んでくれているだろうか……。昼食を食べる時にでも軽く探ってみるかぁ)








 食卓に着いたシセルは、長いテーブルにある7つの椅子の内、普段座っている……端から3番目の椅子に座る。


「あら、おはよ〜シセルちゃん!」


「おはようございます、母上」


 彼の父……リオネルはまだここに来てはいない。普段なら既にここに居るのだが、今日は自室に篭って書類整理をしている。──忙しくてまだ来れないのだろう。と、考えたシセルとソフィアは……先に昼食をとることにした。


「そう言えばシセルちゃん。今日はルーナちゃんと『すきすきちゅっちゅ』しに行くの?」


「……ブフゥッッ!!」


 口に食べ物を入れた瞬間……急にそんな事を言い始めるソフィア。まるで狙い澄ましたかのようなタイミングではあるが、この母親に限ってそんな事はないだろう……何故なら彼女には、わりと天然な部分があるのだから。


「ゴホッゴホッ……あぁ、もう既にレアから聞いてるんですね」


「そうね、レアちゃんから聞いてるわね〜! レアちゃんとお友達になった所からぜ〜んぶ!」


(──そっかぁ、そこからかぁ〜! それに『すきすきちゅっちゅ』の事まで話して……あ"ぁ"〜話しちゃうのかぁ〜……仕事だし仕方ないとは思うけども。だがまぁ……これからはそれをする事も無いし、その現場を両親に見られるという心配はないだろう)


「……えっと、実はもう『すきすきちゅっちゅ』をしに行くなんて事は」


(まぁ、バレるのも時間の問題だっただろうし……それが早いか遅いかの違いか)


 溜め息を吐きながら、そう結論を出したシセル。


「あら〜! いいのよ〜? 隠さなくても〜! シセルちゃんが『すきすきちゅっちゅ』大好きの変態さんでも……ママの大事な息子だって事は変わらないわ〜!」


(『すきすきちゅっちゅ』大好きの変態さんなのは否定しようがないが……それを親に知られるというのは息子の精神衛生上宜しくないんですよねぇ──つーか『すきすきちゅっちゅ』浸透し過ぎじゃない?)


 そんな話をしていると……部屋の入口から、仕事を終えた父、リオネルが歩いてきた。


「そうだぞ、シセル。私達の息子である限り……いずれはそういう事も覚えなくてはならない。まぁ、この歳で既に……というのは些か早すぎる気がしないでもないが」


「本当はね〜? 学園に通い始めた後、そこで好きな子とか恋人を作って欲しかったんだけど……」


 ”学園に通い始めた後”の辺りから……瞳孔をガン開きにして嬉しさを隠せなくなったシセルは……──学園……えっ俺、学生になるの? 俺の失われた青春時代を取り戻せるのッ!? と、内心……ここが乙女ゲーム『プリンセス・オブ・マジックハーツ』に酷似している世界だという事を……完全に忘れていた人間の反応を魅せるのであった。

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