第11話 違和感
「シセルは……『私を独占したい』って♡……思った?」
(俺は……ルーナを独占……したいの、か?)
まるで、既にそう決まっているかのようなルーナの発言が彼の脳へと響いた。魔性モードとなったルーナの声は、あらゆる男性を骨抜きにしてしまうのではないかと思う程に甘ったるく、危うく洗脳されそうになるシセル。
「ふふっ! そんなカオしちゃって、どうしたの〜? これからシセルに好きになって貰お〜って頑張るつもりだったけど……もう大丈夫そうかなぁ♡」
「……っ」
(いやいや、待て待て待てッ! そもそも! 両親に『私達が推薦するから、あの子を一緒の学校に誘ってみたら?』と言われてバックれるなんて、相手が相当嫌いな人間でもない限りしないだろッ! ルーナに対して興奮するのも『すきすきちゅっちゅ』をした事によって湧き出てきた……ただの性欲だッ! これはまだ恋愛感情でも独占欲でもない! という事はつまり、俺はロリコンでは無いッッ!!)
一瞬、本当にそう思っていたのかと錯覚してしまいそうだったが……何とか冷静さを取り戻す事に成功するシセル。……別に誰もシセルの事をロリコンだとは言っていないのだが、何故か本能で自身の心にそう言い聞かせる。
「そういえば……レアが私と『すきすきちゅっちゅ』したいって言った時も、シセルが話を変えたよね!」
「えっ『すきすきちゅっちゅ』!?」
『すきすきちゅっちゅ』という単語に異常な反応を見せるレアに視線を向けつつも、シセルは思考を続ける。
「それは俺が……レアをこんな悲しき変態へと変貌させてしまった事に対しての、せめてもの罪滅ぼしとしてやった事だ。……こんな事、言わせないでくれ! くそっ、そんな姿になって……すまない、レア」
『すきすきちゅっちゅ』に吸い寄せられる生物と化したレアから視線を逸らし、彼はそう呟く。
「そ、そうなんだ。じゃ、じゃあ! 私とレアが、今すぐここで『すきすきちゅっちゅ』しても何も問題ないって事だよねッ!」
「えッ! 僕とルーナが『すきすきちゅっちゅ』しても問題ないのッ!?」
(──なん、だとッ!?)
「ふふっ、そんなショックを受けたような
「……シセル、僕。ルーナと『すきすきちゅっちゅ』したいよッ!」
「……ちょっとレアは黙っててね?」
まるで安〇先生に懇願する三〇のように、泣きながらそんな言葉を宣うレアに対して、かなり冷たい態度をとるルーナ。
(レアの中身……精神を考えると、それは男と女の『すきすきちゅっちゅ』で間違いない。その上、もはやホンモノの
どうにかしてシセルを焚きつけようとするルーナ……だが残念、彼は『変態』であった。
「あぁ……全ッ然問題ないぞッ!! 今すぐやってくれッ! やって俺に見せてくれッ!」
「だってルーナっ! 僕と『すきすきちゅっちゅ』しようよッ!」
「えぇっ! シセル……本当に問題なさそうにしてるっ!? ……じゃ、じゃあ、まだシセルは私のコトが好きになった訳じゃないのかな」
──たま〜に現れる魔性な一面……『魔ルーナ』が引っ込み、いつものルーナへと戻る。それを見たシセルは、一々煩わしいレアを完全にスルーして話を進めた。
「まぁ、とりあえず……何をするにしても、ルーナに選択権があるんだ。家に来るにしても、セントラム学園に一緒に入学するにしても、レアと『すきすきちゅっちゅ』するにしても……な?」
「……そっか。レアとは友達だけど……『すきすきちゅっちゅ』はする気ないから! 先に言っておくね?」
「……えっ」
その言葉に絶望したのか、真っ白になって地面に倒れるレアを見て──レアよ、自身を持て。やはりお前はしっかりと立派な男だ! と腕を組みながら頷くシセル。
「……うん、ヨシ! ちょっとお母さんに話してくるから、シセル達はお家で待ってて?」
暫く考えていた様子のルーナは……何かを思いついたのか、突然そんな事を言い始めた。
「あ、あぁ、分かった。じゃあ、家の人間には後でルーナが来るって伝えておくから、好きな時間に来てくれ」
「うん! またね!」
そう言ってルーナは、シセルの住んでいる屋敷とは別の方向……おそらく、自宅の方へと向かって走って行った。
「さてと……お〜いレア〜? 生きてるか〜?」
「……僕……す……ちゅっ……ちゅ」
彼は放心状態のレアに話しかけるが、全く耳に入っていない様子だ。
「ほら、帰るぞッ!」
「……シセル?」
漸く放心状態から帰ってきたレアは、おもむろにシセルの顔をしばらく見つめると……何かを思い出したかのような反応をして、急に元気を取り戻した。
「シセル! 帰ろうかッ!」
「……ん? お、おう。何だ急に……ビビるわ」
「なんでもないよ♪」
シセルは、レアの反応に一瞬違和感を持ったが、本人も然程気にはならなかった為、それを無視して直ぐに屋敷へと歩みを進める。
──例えそれについてここで追求したとしても、もう手遅れなのだが……この時のシセルは、レアが夜な夜な行っている事に対して一ミリも気付く気配がなかった。
***************
(──先程からレアの様子がおかしい)
「ふんふふーん♪」
ルーナが来るまでの間、シセルの部屋で適当に暇を潰しながら待機する事になったのだが……何故か鼻歌交じりに掃除を始める程、レアは今すこぶる機嫌が良い様子だ。
「お〜お〜随分とルンルンしてるなぁ、レア。めちゃめちゃ上機嫌じゃないか?」
「え〜? そうかな? ふふ」
(──やべぇ……やべぇよぉ! 相手が何を考えてるか分からないという事がこんなにも気味悪いなんてッ! 何がそんなに楽しいんだよコイツ! レアがこんなんになっちまう事なんて、今までに無かっただろうがッ!)
「ル、ルーナが家に来る事がそんなに嬉しいのか?」
「へ? ふふ、なんでルーナが来る事で僕が嬉しくなると思うの? あははッ! シセルったら、面白い事言うね! あ〜おかし!」
(……おかしいのはお前だよバカっ!! どう考えても、レアは普段この程度事で笑い転げるような奴じゃない。何も面白くない事で腹抱えてるお前の方がオモ……いや、もはや冗談でもオモロいなんて言えないわ。正直怖い、非常に怖い!)
「そ、それにしてもルーナ遅いなぁ? 別れてからもう数時間は経ってるし。あまりにも時間がかかり過ぎだと思わないか?」
「う〜ん、確かにそうだね。もしかしたら今日は用事ができて、来れなくなっちゃったりしてるのかもね♪」
何故か嬉しそうな表情のまま、そんな発言をするレア。
「い、いやぁ……ルーナに限ってそれはないんじゃないか? それに『お母さんにこの事を話してくる〜!』とかそんな感じの事言って、一旦帰ったワケだろ? あのルーナの母親だぞ……お泊まりセットでも持たせて、どうにかして一晩過ごさせようとしてもおかしくない」
『あのルーナの母親』といっても、まだ知り合いどころか面識すらないのだが……現在のシセルがルーナの母へと抱いているイメージはこんなもんであった。
「まぁ、良いんじゃないかな? お泊まりくらい! そこまで気にする事じゃないでしょ?」
「いや、ウチの両親がルーナとの関係について肯定的な以上……『シセルちゃんのお部屋で一緒に寝るのはどうかしらぁ♪』とか言い出した母上に、『おお、それは良い考えだ!』と父上が俺の意見などお構いなしに……無理矢理話を進めかねない。もしもそうなった場合、俺は今日……確実にルーナに襲われるッ!」
「え"ぇッ!? それはマズイよ! どうにかお泊まりはしない方向で話を進めないとッ!」
「うおッ!?」
ズイっとシセルの目の前まで顔を寄せながら、彼の鼻元に目掛けて大声を出すレア。
(……クソびっくりした。さっきは『良いんじゃないかな? お泊まりくらい!』とか言ってたのに、急に意見が変わり過ぎだろ!)
「……ルーナがシセルの部屋にいたら僕が」
「ん? 何だって? すまんよく聞こえなかったからもう一回言ってくれ」
「な、なんでもないよ♪」
(……いや、絶対なんかブツブツ言ってただろ。まぁ、レアがなんでもないって言うなら別に……無理に聞き出す必要はないな)
すると、部屋の扉からノック音が響き渡る。漸くルーナが来たのだろうか。
「シセルちゃ〜ん! 入るわよ〜!」
どうやらノックしたのはルーナではなく、シセルの母ソフィアであった様だ。
「は〜い、母上がわざわざここまで来るなんて珍しいね。どうしたの?」
「それがねぇ〜? さっきルーナちゃんが来てくれたんだけど……」
「ごめんなさい、シセルのお母さん!」
「あらぁ、ソフィアで良いわよ〜! ……でも残念だわぁ。私、ルーナちゃんとお勉強会するの楽しみにしてたのに〜」
「お母さんに相談したら、ちょっとしばらく準備をしてからにしようって事になって……良かったら今度『お泊まり』させて貰えたりしませんか?」
「やだぁ〜! 良いわねぇ『お泊まり』! じゃあ、その時はシセルちゃんのお部屋で一緒に寝るっていうのはどうかしら!」
「え、良いんですか!? はい、是非そうさせてください!」
「決まりね! じゃ、いつでも待ってるわぁ〜! ルーナちゃん、またねぇ〜!」
「はい、また来ます! ソフィアさん!」
「……っていう事があってぇ、今日の勉強会はなくなっちゃったの!」
「へ、へぇ〜」
そう楽しそうに話す母ソフィアとは裏腹に、絶望的な表情を浮かべるシセル。
(俺の居ない所で勝手に決まってる事があった様な気がしたんですが、気の所為でしたか? ……いや、気の所為じゃないよねぇッ!? 『決まりね!』じゃないよねぇッ! 俺の意見は? 俺の介入する余地は? ルーナもう帰っちゃったんですけど……もう変えようの無い未来になってしまったんですけどッ!)
「と、いうことで! 今度のお泊まりの時に、シセルちゃんとルーナちゃんがラブラブする為の時間はママが作っておくからぁ! 心の準備……しておいてね、シセルちゃん♪」
そうして上機嫌に部屋を出ていく母とは対極に、先程まで機嫌が良かったはずのレアがブツブツと何かを言いながら棒立ちしていた。
「……お、お泊まり……確定して、る」
(いや……俺がこうなるのなら分かるが、レアがショックを受けているのは意味が分からない)
そして、絶望した様子で虚空を見つめながら……とぼとぼと歩いてシセルの部屋から退出するレア。
「……ふぅ」
シセルは、その後ろ姿を見送った後……身体の力を抜いて背中からベッドへと倒れ込む。
「勉強……するか」
やる事がなくなったのと、今は考えたくない事を忘れる為……彼は一人、受験勉強を始める事にした。
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