月光、それはピロートーク

もう十何年も前の話。


親父、首括って死ぬ。

デカい借金を俺たち家族に残して。

元々稼ぐ口なんてあって無いようなもんだったのに、変なモンに入れ込みやがって。


家にガタイの良いスーツの男がいくらかやって来て、俺たち一人一人を押さえ込んでは注射した。


そっから意識が飛んで気付いたら廃倉庫の中。

俺は椅子に縛り付けられてた。

目の前のシワの多いジジイが言ったんだ。

「過去のことは忘れろ。お前はワシが購った道具だ。ワシのために人を殺せ。ワシのために。」


家族とはそれ以来会ってない。

よくある話だ。


そこで体をイジられた。

安い闇医者だったからな、俺は20秒しか変身できない。

でも、俺は才能があったからな。仕事にはそれで十分だった。


初めて殺したのは偉いとこのおっさん。

寿司食ってたな。殺した。

思ったより気持ちが良かった。


それから数年くらい殺して、日銭稼いで、たまに死にかけて、生きた。


十年前の12月。これははっきり覚えてるぜ。

ジジイを返り討ちでぶっ殺した。

やっぱり、清清せいせいした。


そういう訳で、この街に逃げ込んだ。

ジジイの追っ手が時たま来たが、そいつらも殺した。


この街に来てから数ヶ月。

生まれて初めて雪を見た。


昔は毎年降ってたとか眉唾めいた話を聞くが、ここ十数年は異常気象かなんかで、めっきりだったんだ。


都会が銀世界に変わる。

一目見たら忘れねぇ。あれを幻想的って言うんだろ?


俺は周辺の雪を掻き集めて、雪玉を一つ作ってみた。


裸の手で雪を触ると、わかってはいたが冷たかった。それが嬉しかった。


その雪玉を投げてみた。

ポス、と音を立てて、ショーウィンドウに当たって爆ぜた。何故だかそれが、堪らなかった。


次はあの時計台の針に当ててやろうと思った。

あの気後れするほど高い時計台のね。


雪玉をこねて、投げた。

案の定、弧を描いて地面に落っこちた。

でも、馬鹿だったなぁ。それでも当たると思ったんだ。

当たりっこねぇし、当たっても意味なんてないのにな。


当たるんだ。当てるんだ。

変なこだわりかな。俺は雪玉が地面に落ちる度に悔しくなって、何遍も何遍も雪が積もってるうちは雪をこねては投げ続けた。


そん時、確か3日は食べてなかったな。

行く宛もなかった。

凍えそうだった。


でも、その瞬間だけ

俺は何もかもを忘れられた気がしたんだ。


寒さも、過去も、将来も。

全生命をこの一撃に。全身全霊をこの闘いにって。


俺はその時だけ、そんな感じの何かを持ってた。一瞬だけど、確実に。


この話は誰にも話さないし、話せない。

こんな思いをぶつけられる奴なんて誰もいない。だから、記憶の隅に押しやった。


でも、良かった。久しぶりに思い出せた。


今日、『それ』の名前がようやくわかった。


「"熱血"と言ったか?」


如月は、目の前でしゃがみ込む逢沢に問うた。

如月は尻を床に付けて、膝を立てるようにして座っている。


「yes」


逢沢は自分の腿に頬杖を突いて頷いた。


「...良い響きだ。」


如月は少し項垂れて、感情を零すように言う。


「...悪くない。」


確かめるように、もう一度。


それから、如月は逢沢の目を見つめた。

その軽薄でいて、底の深い眼光を。


「俺を殺すか?それとも拷問して情報をほじくり出すか?お生憎様、お前らが欲しいモンは持ってないと思うが。まあ、好きにしろ。個人的にはもう、悔いも未練もない。ゴミ粒みたいなちっこい希望が今、不思議と叶っちまったもんでな。」


如月は、僅かな渇望が満たされたような、満足と覚悟の積もった瞳を逢沢へと向ける。


はたと、逢沢は静かに噴き出した。


「物騒なこと言うなよ。無粋だ。少なくとも、俺にとっちゃ。」


逢沢は語り出す。


「『ドラゴンとも拳で語り合える。』って、それが俺が遊戯ゲームに惚れた理由。どんなに分かり合えないような奴でも、一度拳がぶつかり合えば不思議と気持ちがぶつかり合って、伝わって、放って置けなくなっちまう。半分、勢いだ。」


逢沢は更に語る。


「俺はさ、ラッキーなことに小金持ちの家の出でさ、毎日遊び歩いてさ、何不自由なく生きてきた。でも、そんなんじゃ心が渇いちまうんだ。だから、ここに立ってる。おっさんとは真逆だな。」


逢沢は頬杖を突くのをやめた。


「俺におっさんの気持ちを丸っ切り理解すんのはできない。おっさんも俺の気持ちをわかんない。それに、苦労してる奴が何しても良い訳でもないし、何されても良い訳じゃあないだろ。多様性ってのは、決して全部を受け入れることじゃない。だからな、俺は一つやってみることにしたんだよ。セックスでいったらピロートーク。拳で語り合った後は...」


自然と軽く上がる、逢沢の口角。


「最初に言ったじゃん。話聞こか、って。おっさんがしたい話まとめて全部聞いてやるさ。本気ガチで殴り合った仲だしな。」


逢沢とニカっとした笑みを捉える、如月の見開いた二つの眼。

それ以上に、言葉はない。言葉じゃない。


「...誑し、め。」


如月はタバコの煙を吐くように言った。

その顔には小さな笑み。


雲の隙間から僅かに漏れた月光が、二人を静かに照らしていた。

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