歩く多動性児童

「ほな、ドメスティック・バイオレンスしよか。」


逢沢がタクトのように手に持ったカードを振ると、それに共鳴するようにアカシック・サードが、拳を構えたままジリジリと彼の前に躍り出る。


如月と逢沢。両者の視線が交錯する。


賢者は「沈黙」を好む。

闘いにおいて重要なのは「動」より「静」。

「風林火山」の「林」である。


相手との対峙。最初の一手。

呼吸を、脈を、心を読むのだ。読み切るのだ。


初撃を制する者は勝負を制す。

一秒たりとも弛緩しかんはできぬのだ。


「静」が、「林」が、闇と向かい、混ざり...爆ぜる!!

先に動いたのはアカシック・サード!!!!


丸太めいた巨大な足の踏み込みから強力な左ストレート!!!!

右肘打ち!!!!

からの右回し蹴り!!!!


しかし、上体だけを仰け反ったコンパクトな動きで全て回避する如月!!!!


間髪入れず如月に迫る脅威的右フック!!!!

如月はブリッジのような態勢でこれを避けると、そのまま体を球状に縮こませ、勢いを付けた両足キックを繰り出す!!!!


如月の踵がアカシック・サードの無防備な顎部がくぶ穿うがたんと迫る!!!!!!!!


おぉ!!!!

このままアカシック・サードの頭蓋は木っ端微塵に粉砕され、逢沢の労苦も水泡に帰してしまうのか!?


...その答えはNoだ!!!!

もりめいたその蹴りが今にも当たらんとしたその刻、パン、という拍手のような音が一つ鳴った。

まるでこの世からDelされた様に一瞬にして、アカシック・サードが消滅する。


如月の蹴りは何もない空間を虚しく突いた。


...。

デュエル・マスターズのカードはそれぞれ固有の効果を有している。


アカシック・サードの効果。

『このクリーチャーがバトルする時、自分の山札の上から、クリーチャーが出るまでカードを表向きにする。そのターンの終わりまで、このクリーチャーは、表向きにされたクリーチャーになる。表向きにしたカードをすべて自分の墓地に置く。』


現世において「バトル」とは、対象物との衝突に置き換えられる。


噛み砕いて言えば、仇敵きゅうてきに対する攻撃や防御に反応してアカシック・サードの能力は発動する。


「勝利は残酷な、時の運!...ってね。」


素早くカムアップを決め、体勢を立て直した如月。その背後数mから、悠然としたヤリチンの声が響いた。


両の手をズボンのポケットに突っ込んだ逢沢の目前には、数十枚ほどのDMカードの束...所謂いわゆる「デッキ」が腰ほどの高さで浮かんでいた。


逢沢はその華奢きゃしゃな右足で、カンフーキックめいてデッキを大きく蹴り上げる!!!!


爪先の巧みなコントロールによって、デックトップから十数枚のカードが舞い上がる!!!!


紙吹雪めいて宙を舞うそれらのほとんどは、呪文カードである。


その中から一枚。

黒光りするクリーチャーカードを妖艶ようえんにキャッチする逢沢。


前述したように、アカシック・サードはデックトップからまくれたクリーチャーへと変化する能 力を有する。


いや、...


我々は、もっと端的にその効果を形容できるッッ!!!!


そう、要は...


「変身。」


逢沢の言葉に反応したように空間に波紋めいた衝撃が広がる!!!!


如月は滑るようにして逢沢から後ずさる!!!

その危険性を肌で感じての反射的行動!!!!


如月が感じたその邪悪なアンビアンスは、逢沢の背後で巨大なシルエットとなって編み上げられる!!!!!!!!


その人型クリーチャーのビジュアルを仔細に述べよう!!

胸当てと草摺くさずりに禍々しい人面のような意匠!!!!

鋭利な兜は金色に輝き、その威圧感に拍車をかける!!!!

紫だった四肢は一つ一つが肥大であり、鋭利な鉤爪かぎづめが怪しく光る!!!!

背中にはリングめいた物体が浮かぶ!!!!

極め付けは、その人型の四体を守護するかのように取り囲む四匹の龍!!!!


ホテルの廊下に収まりきっていることを疑問に思うほどの迫力!!!!本能的恐怖!!!!


「第七神帝サハスラーラ。コスト10。パワー21000。その効果、無限攻撃インフィニティ。まさしく神がかったカードパワー!!!!これだぜ、コレ!!机上なら、ウサギだって竜になれるッ!!!!だから、人は止めることを知らねぇんだろ?溢れ続ける『創造』をッッ!!!!」


熱に浮かされたように逢沢は語る。

彼の心臓はトクトクと鳴り響き、その眼は熱と興奮を覚えてか、ギラギラと銀河のように散光している。


逢沢は射精した。

しめやかにその精液が、彼のズボンを濡らす。


こと戦闘において、デュエル・マスターズは脳をダイレクトに用いる。

その分、痛みなどの知覚や感情が増幅する。

無論、快感も例外ではない。


思い描いていたプランニングを現実のものとする。これは、決闘者にとっては天にも昇る快楽へのマスターキーであり、ありとあらゆる快楽成分を同時に過剰分泌かじょうぶんぴつすることを意味する。


特に逢沢のような、塵芥ちりあくためいた環境外のデッキを好んで使うスケベな人種に対しては、無意識的絶頂は不可避の生理現象であり、実際彼の交感神経は爆発的に興奮している。


結果。


逢沢は射精した。

しめやかにその精液が、彼のズボンを濡らす。


彼は垂らしたよだれすすりながら不器用に、また語り出した。


「俺はさぁ...!!俺は...!!わかってるんだよ!!決闘者デュエリストはステゴロ向きじゃない、って。遠距離からチマチマとデカいクリーチャーはべらして、たまにくる攻撃シールドで受け流しゃあ、大体勝っちまうeasy gameって。」


逢沢は続ける。


「でもよぉ...!!でも...そんなんじゃ熱くなんねえよなぁ!?心の臓がブッ番狂わねぇよなぁぁぁあッッ!!?それじゃあ!!!!」


その怒号に似た叫びと共に、背後のサハスラーラが黒いヘドロのような物質となって零れ落ちる。その液体は微かな音を立てて飛沫をあげ、床に染み渡るようにして消えた。


逢沢は、不意に大きく口を開けると、怪しく光る「第七神帝サハスラーラ」のカードをそこに押し込んだ。


そのまま一息にカードを丸呑みする!!!!

ゴクンと喉が鳴ると、カードはヤリチンの胃袋へと消えた。


...すると、どうだろう!?

逢沢の体内を起点に黒い炎のようなオーラが、彼の体を包む!!!!


「ふぅ...。やっぱ、飲む時ゃ辛ぇわ。」


通常、決闘者デュエリストがクリーチャーを召喚する際、クリーチャーの輪郭や動きを脳内でイメージし、それをトレースするようにアウトプットする。


しかし、現在は逢沢自身がサハスラーラの輪郭!!自身の肉体を媒介とし、クリーチャーの能力を引き出すことで、脳内描画に用いていたリソースを他に回すことが可能となった!!


決闘者デュエリスト自身がクリーチャーとなる!!!!

そう、これが俗にいう「S-MAXスターマックス進化しんか」である!!!!!!!!


「Easy for me...!!」


ながくデュエル・マスターズをやっていると環境と自分のデッキが完全に噛み合って際限なく昇っていける感覚になるときがまれにある。

蝋燭ろうそくの消える前のような束の間の時間だけだが、、

ある者は、それをこう言った!!!!

『刹那の蝋燭(キャンドルアワー)』と!!!!


まさに今、逢沢という蝋燭に一寸の火が灯るッッ!!!!


体中からたぎる神のパワーに身を任せ、逢沢はまたも射精した。

しめやかにその精液が、彼のズボンを濡らす。

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