HENSHINNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNN!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

ひろが目を覚ました。


まず見えたのは、色鮮やかな光を発しながら目の前でグルグルと回転する手術用照明だ。


紫色に怪しく点滅する円形の手術台に、彼は寝かされていた。


部屋は真っ暗で、明かりといえば手術台のそれと、カラフルに光る手術用照明、入り口から溢れ出る白い光のみだった。


取り敢えず体を起こそうと試みるが、四肢に嵌められた枷によって阻まれる。


それから、彼は自身の体の異変に気付いた。


火傷の痛みがない。

いや、痕すら無くなっている。

まるで最初から無かったかのように。


それに、首から下が何やら無機質な改造人間めいたものとなっているではないか。


あれが夢でなければの話だが、自分は既に死んでいるはず。そして、ここは地獄というには到底、殺風景だ。

では、どうして...?そもそも、何がどうなってこのような状況に?


多くのクエスチョンマークが彼の脳を蝕んだ。


頭が痒い。


すると、


「2039年3月27日、都市東部で走行する電車にタンクローリーが衝突する事故が発生した。タンクに積まれていたオイルに発火し、爆発。周辺のビルを巻き込んで脱線し、炎上。また、周辺では改造人間によるものとみられる惨殺死体も多数見つかっており、鉄道当局は148人が死亡したと発表している他、怪我人も多数でている模様...」


入り口の方から声がした。

酒焼けしたような、やけにダウナーな女性のものだった。

見れば、白い光に黒いシルエット。


パチパチとスイッチの音が響く。

部屋の照明が連続的に灯り、声の主の姿が顕になった。


「よ、被害者。」


茶髪にウルフカット。赤系のアイシャドウがパッチリとした目に映える。

耳元のフープイヤリングにチョーカー、指輪などのアクセサリー類が蛍光灯の光に反射して輝く。


黒いダボっとしたTシャツの上に白衣を着た彼女の右手には、飲みかけのストロング系缶チューハイが握られていた。


「キミ、死んだね。」


「...知ってる。」


「あたしが蘇生したの。まあ取り敢えず話を聞きなさいな。」


照らされた室内の壁は白く、何やら巨大な機械やケーブルの束が散乱していた。


彼女はひろの枷を外すと、キャスター付きの椅子に跨って座り、おもむろに話し始める。

それに合わせて、ひろも上体を起こした。


「あたし松井。マツって呼んで。」


松井はチューハイを呷る。


「まず大前提としてキミは先の事故で死んだよ。そっからあたしが死体引っ張って、大体...1週間くらい?手術して、改造人間として復活させたげたの。」


「...手術?」


「そ、改造手術。2039年のテクノロジーは、先人たちの想像を遥かに超えた。もう科学技術って概念が、オーパーツに成り果ててるんだよね。法律無視すれば大半のことは可能。詳しく話すのは怠いけどね。ほい、他に何か質問。」


ひろは一瞬俯くと、伺うようにして松井の顔を覗き込んだ。

当の松井は澄ました顔で缶チューハイをチビチビと飲んでいる。


「...?お前は何がしたいんだ?」


松井は唸りながら椅子をグルングルンと回転させた。


5秒ほど回転した所でピタと止まり、彼女はひろの目をじっと見た。


「キミ、うんこ好き?」


のべつまくなしに彼女は続けた。


「ケシカスくんの連載まだ追ってる?昔見てた特撮番組のセリフ覚えてる?」


松井は、頭と両腕を正面の椅子の背もたれに預けると、食い入るようにひろの目を見る。


「多分、キミの答えは全部No。キミはもう大人だもん。でも、うんこで大爆笑してたキミも500円玉握りしめてたキミも、ヒーローに熱中してたキミもいたんだよ。今のキミとは違って。」


傾けた缶を仰ぐようにして最後の一滴まで酒を飲み干し、空き缶を床に投げ捨てる松井。


「みんな、そう。誰だって、未来と虚像に憧憬めいた希望を持ってた。誰にも譲れないギラギラをね。でも、みんながそれをほっぽって伽藍堂に今日を生きるから、世界はうんこ以下になっちゃったんだよ。」


松井は書類や物が乱雑したテーブルの上からヒュプノレイめいた黒い球状の機械を取り、何やら弄り始めた。

球体にはカメラのレンズのような機構が内蔵されている。

彼女はそれに視線を置いて、話を続ける。


「過去に縋って過ごす人生は愚かだ。あたしの目標は...そのギラギラを取り戻すこと。俯きがちだと生きづらいんだよ。あたしは、ヒーローが好き。そんなギラギラを取り戻してくれるヒーローが。でもね、虚構に酔えるのは幼少期の特権なんだよ。あたしはもう、シラフに覚めきっちゃった。」


松井はふと手を止めると、球体から手を離す。

球体は重力に従わず、ゆっくりと浮遊する。

彼女は球体を指さした。


「だからね、自分でヒーローを作ってみることにした。フィクションを現実に。誰でもない自分自身のために。」


松井は椅子を90度回転させ、机の下にある小さな冷蔵庫を開ける。

そこから新たな缶を取り出すと、頬にあてがってその冷気を味わった。

そして、背もたれに寄りかかる。


「キミには、今、その力がある。世に跳梁跋扈する悪い改造人間をボコボコにできる力がある。でも、キミを蘇らせたのも、体を勝手に弄ったのも、ぶっちゃっけ全部あたしの勝手なんだ。この後は、キミの自由にするといい。あたしは一応、キミに英雄になってもらいたいんだけど...これまでの話は全部無視したっていいんだ。できるならね。」


ひろにまたしても向き直った彼女の目には、軽薄ながらも確かな圧と熱があった。


ここまでの話は一度では飲み込みきれない話だったかもしれない。

しかし、それは今、実際に彼の身に起こっていることなのだ。


飲み込みにくかったとしても、飲み込まない言い訳にはならなかった。

少なくとも彼にとっては。


突然のアクシデントには慣れっこだった。


ひろはしばらく逡巡する。

手術台から手枷が落ち、そのチェーンがカチャッと微かな音を鳴らす。


「俺は...」


ひろは口を開けた。


「俺は、今までもこれからも思い通りに生きていけると思わないし、思えない...。期待して、挫折して、擦り切れて、ずっとそれの繰り返しだった。」


セピア色した怨恨が、胸に支える。

ひろは歯を食いしばった。


辺りの風景が塗り潰される。

気付けば、ひろは橙色に沈む公園にいた。

所々錆びたブランコの前に立っている。


目の前のブランコに座るのは、幼き頃の少年の姿。ランドセルを背負ったまま、頭を項垂れている。


父さんは母さんが大好きだった。

母さんは父さんが大好きだった。

俺はそんな二人が大好きだった。

幸せだった。


8歳の頃、父親が飲酒運転の車に轢かれて死んだ。...犯人は19歳だった。謝罪も誠意もなく、きっと今ものうのうと生きながらえている。


それから、母さんは俺の目を見てくれなくなった。酷い言葉もたくさん投げられた。

色々とおかしくなって、変な薬や宗教にハマってしまった。

もう昔の優しい母さんを俺は思い出せない。


学校にも馴染めなかった俺は、いじめなんかにも遭っていた気がする。

顔の青あざを気にする大人は周囲にいなかった。


俺は多分、世界が嫌いだった。

それでも、世界を救うヒーローに憧れた。


少年は右手をモゴモゴとさせて、何やらハンドサインをつくった。

恐らく、地方局で再放送されてた特撮番組の主人公の決めポーズだったやつだ。


それから、少年は前をキッと見た。

怒りと熱意をごちゃ混ぜにした、静かに燃えるような目で。じっと。


俺は多分、世界が嫌いだった。


理不尽と失望を「当たり前」として押し付けてくる世界が。


俺は、負けたくなかったんだ。

ただで死んでやりたくなかったんだ。


人が死ぬなんておかしい。

失ってばかりなんておかしい。

夢くらい見たっていいじゃないか。

一つくらい叶ったっていいじゃないか。


諦めばっかり。

「無理だ」なんて言葉ばっかり。


俺は負けたくなかったんだ。

諦めたくなかった。

変えてみたかったんだ。

諦めに塗れても、希望と呼べる微かな光に縋って意地汚く生きていたかったんだ。

どんなに挫けても。


それでも...気付けば、


「『無理だ』なんて言わないで...」


自分を呪う言葉を自分の口からついていた。

俺はもう、負けていた。


...。


夕焼けがまた塗り潰されるように白く変わり、回想の終わりを告げる。


松井がひろの顔を覗き込んだ。

絞り出すような声。


「...目の前の理不尽を一つでも肯定し始めたら俺はもう、今度こそ自分自身を許せない。自分が認められる自分でありたい。瞬間瞬間を必死で、自分が正しいと思えることを精一杯...!それが昔の俺の「当たり前」だった筈なんだ!!」


ひろは怒りと熱意をごちゃ混ぜにした、静かに燃えるような目をしていた。


「もう一度、自分を信じていたい。生きてるって胸を張って誇りたい...!!死んでも死にきれない。ヒーローだか、戦闘だか、よくわかんねぇけど...。やる...!!やらせてくれ!!」


数秒の沈黙を経て、松井が大きく息を吸った。 


それから両手で顔を覆うと、背もたれに首をあずける形で天を仰いで言った。


「サイッッッッッッッッコ〜じゃん...!!!!」


その瑞々しい両頬は、酔いか興奮か、真っ赤に染まっていた。


         ***




2039年4月3日。

改造人間数体が出現し、都市部において民間人を無差別に襲撃。


...。


四角い闇で切り取られた電子の街をバイクで駆ける青年が一人。


青年の名はひろ。

果たせなかった過去を焼べ、今を必死に生きる。


紺のブレザーが風に揺れている。


風切り音と共に彼はある言葉を放った。


それは、変える言葉。

変わらない言葉。

そして、変えたくない者への言葉。


「変身。」


HENSHINNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNN!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

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