第13話 白雪有栖というマイペースな少女(続)

 頭を悩ませてみたが、これといって有効な手が思い浮かばなかったため、苦肉の策に頼ることにする。


「本当、少し見てくれるだけで大丈夫なんだけど。ほら、お礼のお菓子も持ってきたからさ。」


 来る途中に、購買で適当に買ったお菓子を持ち上げて見えるようにする。


 お菓子如きでどうにかなる気もしないが、少しは機嫌が取れないだろうか。


「…お菓子、お菓子かー。…うーん。…物で釣ろうというのは感心しないが、悪くない手段だ。流石の僕も少しは手伝ってあげようという気分になってきたよ。」


 結構な時間を、お菓子とにらめっこして悩んだ挙句、絞り出したように言葉を発した。どうやら、お菓子好きのようだ。全く期待してなかったお菓子がここまで効果を発揮するとは、なんでもとりあえず備えてみるものである。

 彼女は、もらったお菓子の封をすぐさま開けて、その場で遠慮無く食べ始めた。


「それで、勉強を見て欲しいという事だったね。お菓子をもらった以上、僕も君に全力で協力するつもりだが、1つだけ知っておいて欲しいことがある。」


 そう言うと彼女は、真剣な顔でこちらを見つめた。この生徒会室に入ってから、ひたすらだらけている様子しか見ていなかったものだから、そんな風な態度をとられると、自然とこちらの背筋も伸びたものになる。

 ここに来て、まだ何か条件でもあるのかと勘ぐっていると、彼女は真剣な様子で堂々と口を開いた。


「僕の学力についてはこの学校の中でも、圧倒的に下から数えた方が早いが、果たして力になれるだろうか。」


 …想像の埒外から、急に豪速球を投げ込まれた気分だ。なんとなく生徒会長だから頭が良いんだろうなという無意識下の偏見はあった。それを考慮していなかったのはこちらのミスだが、それはそれとして、イラッとする気持ちは押さえようがない。


 苛立ちの原因である彼女は悪びれた様子もなく、おいしそうにお菓子を頬張っていた。


「…もしかして、これ俺馬鹿にされてるのか?」


「もちろん馬鹿になんてしていないとも。そう怒らないでくれ、お菓子の人。」


「誰がお菓子の人だ!やっぱり馬鹿にしてんだろ!」


 からかっているのか、素でこうなのかは分らないが、生徒会長という役職と、儚げな見た目からは想像もつかないほど、人を逆撫でるのがうまいやつだ。普通この見た目だったら、もっと清楚でか細い声で、庇護欲をそそられるようなタイプじゃないのか。少なくとも、ボリボリとお菓子を食べ続けているのは解釈違いも良いところだ。


「そう言ってくれるな。僕は君の名前を知らないのだから、しょうがないじゃないか。」


「だからって、お菓子の人はないだろ…。そういえば、自己紹介して無くて悪かったな、涼風颯太だ。」


「よろしく、お菓子の人もとい涼風君。私の名前は知っているかもしれないが、白雪有栖という。呼び方は何でも良いが、…そうだな、白雪姫がおすすめだ。略して、姫でも良いぞ。」


 本気で言っているのだろうか。普通ただのジョークだと思うが、俺にはこの白雪有栖が本気で分らなかった。あまりにマイペースすぎる。


「本気で捉えないでくれ。流石の私も姫は困る。君がどうしてもと言うなら…」


「いや遠慮しとく。白雪で良いな?」


「もちろん、君がそれでいいならそれで構わないとも。それで、勉強のことはもう良いのかな、涼風君。」


 言われてようやくここに来た本来の目的を思い出した。しかし、今日はもうこれで十分のような気がしていた。一応、顔と名前くらいは覚えてもらえただろうし。


 …覚えてもらえたよな。白雪のことを考えると、それすらも不安だ。


「勉強はもう良いよ、白雪は勉強できないんだろ?相談できないみたいだし、これで失礼させてもらうわ。」


「そうか、それは少し申し訳ないな。また何か相談したいことがあれば相談してくれても構わないよ。もちろん、僕の気分が乗り気で、お菓子を持ってくることが条件にはなるけどね。」


「どんだけ食い意地張ってんだよ。」


 そう言って鞄を手に立ち上がると、彼女も帰る支度をはじめた。


「なんだ、白雪ももう帰るのか?」


「うん、元々仕事があって生徒会室に居たわけでもないんだ。涼風君…呼ぶのが面倒だな、君でも良いかな?」


「好きなようにしてくれ。」


「お言葉に甘えて、…君との会話で今日は満足できたから、僕も帰ることにするよ。それに、面倒くさがりの僕はこういったきっかけでもないと席を立つことすら億劫だからね。」


 そう言って意外にもテキパキと帰る支度を済ませていた。面倒で普段やらないだけで、やればできる人のオーラを感じる。


 彼女と一緒に生徒会室を出ると、彼女は生徒会室の鍵を閉めて言った。


「良かったら、職員室に鍵を返しに行ってくれないだろうか?」


「そこはせめてついてきてくれないかだろ。嫌だよ、いちいち面倒くさい。」


「君が面倒なように僕も面倒なのだが…。それに面倒さなら間違いなく僕が勝ってる自信がある。」


「どこで張り合ってんだよ。勝ってても負けてても白雪が行けよ。一応、生徒会長だろ。」


 こいつなんでこんなに平然と人に面倒ごとを押しつけられるんだ。そもそも、生徒会室の鍵を生徒会役員でもない俺が返しに行くのは不自然だろう。生徒会長である白雪が返しに行く方が、よっぽど妥当なはずだ。


 …間違ったこと考えてないよな。白雪と会話してると自分の常識が根本から覆されるように感じる。


「まあ、ここは僕が返しに行こう。君に今日もらったお菓子の借りを返す意味でもね。では、気をつけて帰ると良い。」


「…はあ。」


 あまりに綺麗に恩を売られて、生返事を返してしまった。なんで白雪が鍵を返しに行くことで、お菓子の借りを返すことになるのか意味が分らない。元々、その鍵は白雪が返す物ではなかったのか。考えれば考えるほど、白雪の理不尽なほどのマイペースさに苛立ちを覚えそうなので、白雪について考えるのを止めた。


 もしかしなくても、白雪有栖が1番仲良くなるのが難しいかもしれない。主に俺の心情面の問題で。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る