第14話 如月花と事件の始まり

 こうして1週間の時が流れた。その間も、上原萌との接触を狙って隙を見ては駐輪場に顔を出していたのだが、結局あの初めての邂逅以来、上原の姿を見ることはなかった。しかし、それ以上に頭を悩ませていたのは別の少女の存在だった。


 早乙女雫、最後に残った別のクラスの少女のことである。この1週間、なんとか早乙女に接触することのできる機会を探していたのだが、結果は大敗。その理由は、早乙女雫という少女の、部活への取り組みに方にあった。彼女は何よりも部活の練習を優先しており、あまりに熱心過ぎるのだ。朝は、誰よりも早く来て練習、昼休みはパンを口に放り込んで練習、放課後は遅くまで練習。これでは、こちらとしても打つ手がない。偶然を装って接触することすらできないのだ。彼女の行動範囲は、彼女の所属している教室と、部活の練習場で完結している。そこに所属していない人間が立ち入る余地など無いように思われた。


 ただ、こんなどうしようもない状況でも奥の手は一応存在する。一度限りの手であり、俺の心情的にもあまり使いたくはないが、このまま進展がなければ頼らざるを得ないだろう。後は、かなり消極的な姿勢ではあるが、早乙女雫は攻略対象から外すというものもある。一応、4人もいれば対殺人鬼に対する予防としては十分だろう。ただ、これは、いたずらに可能性を狭めることになるので、あまり使いたくない手ではある。4人全員が必ず協力してくれる訳でもないのだ。


 白雪や上原のことを思うと、俺の命を助けるために協力してくれるかは大分怪しい。特に白雪については、そんな面倒ごとは避けるイメージが強い。


 そうなると、やっぱり奥の手を使うしかないのか…。とりあえずもう少し経過観察をしてみて、本当に奥の手を使うしかないのかを考えよう。


 ということで、残る少女は2人。佐藤は、最悪7月までは大丈夫だということが前の世界の経験から分っているので、優先すべきは如月花。


 如月花は同じクラスの明るくはつらつとしていて、クラスの中心人物だ。薄いピンクのような髪を腰あたりまで伸ばしていている美少女。このクラスには神宮さんとこの如月花という、二大美少女がいるが、神宮さんが誰も寄せ付けない裏の美少女だとするなら、如月は誰にでも愛される美少女といった印象が強い。月と太陽とも言えるかもしれない。そのため、如月は同じクラスとはいえ、俺のような人間にとっては話しかけ辛い存在だった。


 早乙女も相当攻略不能だったが、如月も如月で大概攻略が難しい相手ではある。しかし、早乙女と違って、如月は同じクラスなので些細なことでも関わる機会は確かにある。実際、この1週間の中でも、一言二言ではあるが如月との会話には成功している。気を張っていれば、意外と接する機会を見つけられるというのが同じクラスの良いところだった。ただ、このままこの方針を続けていくつもりではあるが、あまりに牛歩がすぎる。どこかで、ガツンと好感度を稼げる機会でもあれば良いのだが…。


 そんな風なことを思い、またちらりと如月の方を見やる。そうすると、隣の席から声がかかってきた。


「あなた、最近如月さんの方を見つめすぎではないかしら?正直言って、如月さんが可哀想よ。不躾な視線を何度も送られて。」


 声をかけてきたのは隣の席の神宮さんだ。この神宮さんとも、この1週間たいした進展はなかった。時々、会話をしては、こうして厳しい態度をとられるのが常だった。まあ、ファーストコンタクトやその後の俺の態度を考えると、そうなるのも仕方ない気はするのだが。


「な、何を根拠にそんな事言うんだよ。べ、別に全然見てねーから。」


 動揺して、気になる子を自然と目で追いかけてしまう中学生みたいな態度になってしまった。一旦、心を落ち着かせなければ。


「その態度が物語っていると思うのだけど…。とにかく、幸い如月さんには気づかれてないようだし、これからは止めておきなさい。見ているこっちも不快な視線だわ。」


「そんな危ない人の顔してたのかよ。」


「ええ、もし如月さんにその顔を見られたら、今後一切口をきいてもらえないほどの顔をしてたわ。」


 マジか…。自分では、他人に気づかれないように注意を払って如月さんの動向を把握していたつもりだったのだが、どうやら想像以上にうまくできていなかったようだ。


「一応、忠告してくれてありがとな。ただ、言い方はもう少しオブラートに包んでも良いと思うぞ。その言葉で傷つく人もいるからな。」


「変態にまで気遣ってあげる余裕はなのだけど。」


「ただ見てただけで変態って…。」


「とにかく、今後はその不快な視線を止めなさい、変態。次は、変態じゃ済まないわよ。」


 どうやら評価を変態から改めるつもりはないようだ。しかも、まだ、これよりも下があるのかよ…。そんな彼女の言葉に戦々恐々としながらも、渋々頷いておいた。とりあえず、今後はこいつの前では、如月さんを見るのを止めておこうと、そう決意した。




 とある部屋の一室。その部屋は、常にカーテンが敷かれており、何者も干渉できない空気が立ちこめていた。そんな真っ暗な部屋の中心に1人にの人物が椅子に腰掛けていた。


「…そろそろ動き出すか。…このままだと計画に支障が出る。」


「…ひとまず狙いは、…こいつで良いだろう。」


「…さて、どう動くか…。できれば、うまく事が運んで欲しいものだが…。」


 暗い暗い部屋の中で、その人物は大きくため息をつくと、立ち上がった。


「…仕込みは、この時間に終わらせておく方が良いだろう。…日中は色々と不都合なことが多い。」


 時刻は、草木も眠る丑三つ時。誰も居ない、真っ暗な町の中を、その人物は殊更に真っ黒なフードを羽織って歩き出す。


「…期待してるよ。」


 そう呟いた言葉は、真っ暗な暗闇に溶けて消えていった。

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