第10話 神宮七海と空想少年

 疲労困憊な様で教室へと向かう。正直な話をすると、もう帰ってしまいたかった、朝一番からこんなにも疲れているし、元々の目標であった5人の少女との接触というのも悪くない進捗を見せた。しかし、結局はこうして教室に向かっている。元来、小心者である俺はその程度のことを理由にサボるなんて事はできなかったのだ。学校も自分を取り巻く事情も、自分自身さえも面倒だと感じながら、教室へと入っていった。


 隣の席の神宮さんは、数人の女子生徒に話しかけられていた。対人能力は最悪だが、それを知らなければ、顔は良いから、仲良くなりたいと思う人も多いのだろうか。まあ、その顔も整いすぎていて、逆に近寄りがたいところもあると思うのだが。


 耳を立てるつもりもなかったが、隣で話されると自然と会話が耳に入ってくる。


「神宮さんって、すごい綺麗だよね。化粧とかしてるの?」


「いや、そういうのはしていないけれど。」


「それでこんだけ綺麗なんて嫌になっちゃうよね-。」


 そんな風に、神宮さんを中心に数人の女子生徒は盛り上がっていた。驚くことに、神宮さんも決して友好的とまではいかないものの、拒絶感を示すような、厳しい態度をとったりはしていなかった。相手の会話にできる限り対応すると言ったように、俺の受けた印象以上の対人能力を感じた。大分、偏見が入っているかもしれないが、神宮さんなら、「今、読書をしているのだけど、見て分らない?」くらいのことは言って、追い払うと思っていたのだ。というか、俺自身がそれに近いことを言われたのだが。


 しばらくして予鈴がなると、女子生徒たちは神宮さんのもとから離れて自分の席へと戻っていった。あまりに衝撃的な出来事を前に、無意識に神宮さんの方を見つめていたのだろう。神宮さんは、怪訝そうな顔で尋ねてきた。


「…何か用?」


「用って訳じゃないんだけど、神宮さんって、意外とちゃんと会話ができるんだなと思って…。」


 あまりに失礼である。驚きのあまり、取り繕う暇も無く、思ったことがそのまま口をついて出た。


「馬鹿にしているの?あなたの方こそ、人との会話術を覚えた方が良いわよ。少なくとも、そんな事を言われて良い気分はしないって事くらいは知っていても良いんじゃないかしら。」


 全くもってその通りだ。もしかしないでも、俺の神宮さんに対する接し方が悪いだけで、見た目ほど冷酷な人ではないのかもしれない。よくよく思い返してみれば、神宮さんを転校生扱いしたり、対人能力不足のモンスター扱いしたのはこちらなのだ。それらの件については、謝らなければならない。


「ごめん、今まで、なんか色々な偏見を持って神宮さんに接してたかも。それについては本当悪かった。」


「…まあ、別に構わないけど。」


 誠意をこめて頭を下げる。納得したわけでもないだろうに、受け入れてくれるあたり、意外と大人である。しかし、これで今までの失礼を一新して、また新しく仲良くなれないだろうか。彼女がこの世界において特異なのは未だ変わっていない。できる限り話を聞きたいところだが。


「神宮さんって、この世界についてどう思う?」


 遠回りしても仕方が無いと思い、直接的に聞いてみた。心当たりがあればこの問いかけで、何かを察してくれるのではないだろうか。うまくいけば俺がタイムリーパーだという事に気づいてもらえるかもしれない。そんな期待を込めて、神宮さんに尋ねた。しかし、神宮さんの反応は想像と大きく異なり、理解不能とといった風だった。


 何かを隠しているというわけでもなく、本当に何言ってるんだこの人みたいな顔をしている。これだと、ただ俺が頭のおかしな人だと思われてしまう。伝わりにくい問いだったと思い、もう少し踏み込んで尋ねてみる。


「…この世界にタイムリープしている人が居るって言ったら信じる?」


 これ以上無いほど、直接的に尋ねた。これで、少なくともタイムリープの事実を知っている人間というのは伝わっただろう。それが分れば、俺のことを仲間だと思ってくれるかもしれない。そうすれば、この意味の分らない現象についても説明してくれるかもしれない。


 今度こそ期待を込めて、神宮さんの反応を待っていると、しばらくして、神宮さんは口を開いた。


「あなたが昨夜どんな映画や漫画を見たのかは知らないけれど、現実にタイムリープしている人なんていないわ。あまりに非現実的だもの。」


 神宮さんは当たり前のことを当たり前のように教えてくれた。現実に夢見る空想少年に、意外と何もない現実を教えるように。


 ここまで至ればいよいよ俺も理解した。神宮さんはタイムリープに関する事情を一切知らない。そうすると、何故彼女だけがこの世界に急に生まれたのか本当に分らないが、どうやらこっち側の事情とは関係ないところの話らしい。だとすると、神宮さんから見た俺は、失礼なことを平気で言う上に、現実がまるで見えていない精神年齢が小学生くらいの残念な少年ということになるのではないだろうか。


 …それは、まずい。本当にまずい。依然、この世界における神宮さんは謎が解明されていない以上、5人の少女と同じくらい、もしくはそれ以上に重要性を持っているのだ。そんな神宮さんと今後コミュニケーションができなくなるのは、本当にまずい。勇み足で踏み込みすぎた自分を反省する。なんとかしてここから取り返さなくては。


「ごめんごめん、昨日見た映画が面白すぎて、つい影響を受けちゃったみたいなんだ。神宮さんにも貸してあげようか、その映画。」


「別に興味ないけれど。」


 とりあえずは現実と空想の区別がついていない頭のネジが飛んでる人から、作品に影響を受けやすい人くらいの評価には落ち着いただろうか。どちらにせよ、仲良くなるには遠い道のりになりそうだった。


 そこで、教室に先生が入ってきて、チャイムの音と同時にホームルームが始まる。自然と神宮さんとの会話もそこで終わった。

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