第9話 上原萌という不思議な少女(続)
「颯太君はぁ、学校楽しいぃ?」
しばらくして、上原は驚いた様子を引っ込めて、何気ない風に、そう尋ねた。どうやら、自分の世界で自分との対話を終えて、何とか納得したらしい。
なんだか不穏な話題のような気がするが、とりあえず真面目に答える。
「まあまあ楽しいかな。良くもないけど悪くもないくらい。上原は楽しくないのか?」
「私はぁ、楽しく在りたいかなぁ。せっかくの高校生活だし、楽しそうと思うことは全部やりたいって考えてるのぉ。颯太君は、やりたいことって何かないのぉ。」
随分と壮大な話を返されてしまった。
確かに、楽しく在れたらというのは理想的だが、実際そうしてみようと思うと恥や面倒と言った感情がつきまとってくるはずだ。大体の人は、やりたいことがあっても、そういった感情と天秤にかけて、それでも行動するかどうかを決めるだろう。ただ、おそらく彼女はその天秤にかける過程がないのだ。楽しそうと思えばすぐに行動する。それは、ある意味飽くなき好奇心の探求で、悪く言えば小学生のような精神に近いのだろう。しかし、社会性や精神年齢は意外と高そうどいう矛盾もはらんでいる。それが、彼女の異質性をより一層際立たせているように感じた。
「やりたいことか、どちらかというとやらなきゃいけないことの方が多いかな。」
「随分、息苦しいように感じるわぁ。…ただ、それも目的ではあるのかなぁ。…うん、良いわねぇ、目的があるって素敵よぉ。」
1人で勝手に納得して、しきりに頷いている。かと思うと、今度はこちらをじっと見つめてきた。
彼女なりに理由があっての行動なのだろうが、対人経験も浅い上に、可愛い子に見つめられるというのは普通に照れる。
「私、目的がある人って好きなのよぉ。だって、目的がある人ってぇ、そのために普通と違う行動をとるじゃない。そういうのってぇ、面白いと思わない?」
「俺には、よく分らないな。目的っていっても俺のはそうせざるを得ないって言う感じだし。」
「理由よりも行動が大事だと思うわぁ。私からすれば、人の心なんて分らないものぉ。私に分るのは、その人が起こした行動だけ。どんなにたいそうな志を抱えていても、それが見えてこなきゃ、私にとって面白くないものぉ。」
そう言って、一息つくと彼女はこちらを見つめて言った。
「だから、颯太君には期待しているわぁ。私に楽しそうと思わせて欲しいわぁ。」
身に余る期待だ。おそらく彼女の期待は彼女の直感に基づくものだろう。
彼女はその驚異的な直感力で、死を覆そうとする俺の意思を感じ取ったに違いない。そういう意味では、多分、校内の誰よりも俺が複雑な事情を抱えていて、誰よりも目的達成のために覚悟を決めていることだろう。なにせ、自分の命がかかっているのだから。
彼女は、全く読めないタイプだからこそ、彼女の琴線に触れることができたのは、幸いといえるだろう。
そんな風に一安心していると、彼女は急に立ち上がった。もう教室に行くのだろうかと思って彼女を見ると、彼女は準備運動を始めた。
「上原、お前何してるんだ?」
「?何って、準備運動よぉ。急に走りたくなったのぉ。…そうだ、ちょうど良いから颯太君も付き合ってよぉ。2人で競争した方が、きっと楽しいわぁ。」
「いや、俺は走るのとか苦手だし、遠慮しておこうかな。」
「いいからぁ。ほら、準備運動しないと怪我しちゃうんだからぁ。」
そう言って、彼女は俺の腕をつかんで立ち上がらせる。無理矢理手を振り切って逃げるという選択肢もないことはないだろうが、今後の関係性を考えるとあまり良い選択肢とは言えないだろう。渋々立ち上がり、言われたとおりに準備運動をする。
準備運動を終えると校舎の外周に連れて行かれた。
「じゃあ、この外周1週を競争しましょう。…よーいドン。」
「せこっ!」
彼女は早口で勝手にスタートを告げ走り出していった。それを追いかけ、俺も走り始める。ふと冷静になると、なんでこんな朝っぱらから校舎の外周を走らなければならないのかという疑問が頭に浮かぶが、それを無理矢理押し込める。真剣に考えると足が止まってしまいそうで。
大体、俺は体力は人一倍ないのだ。それでも懸命に足を動かしてなんとか1週を走りきった。
…ちなみに彼女は、こんなことを提案した割に、驚くほど遅かった。走り終わった頃には、口もきけないほど肩で息をしており、別れの言葉なのかうめき声なのかよく分らない言葉を発して、校舎へと向かっていった。
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