第6話 九条隼人という完璧な男
始業式が終わり、今日は解散となった。クラス内では、大抵の人が前年度同じクラスだった人同士で固まって喋っているようだ。この後の遊ぶ約束をしたり、ただ帰りたくなくて会話をしている人も居る。隣の席の神宮さんは誰と喋るでもなく真っ先に教室から出て行った。
それを眺めて、今日の目的を思い出す。今日の目的は人間関係の構築だ。まだ、バラバラのクラスだが、この後どういった形で人間関係が構築されるのかを、俺は知っている。神宮さんの出現で、未来予知に若干の不安を抱かない訳ではないが、とりあえず未来予知を信じることにする。
今日、接触しなければならないのは2名。クラス内の最優先目標人物、稲葉裕太と、九条隼人の2人だ。どちらも男子生徒で、このクラスのキーマンとなる人物。
稲葉裕太は、あまり目立つタイプの生徒ではない。ただ、会話をするのがうまく、誰の懐にも入っていけるような人間だ。特定の誰かと仲が良かったわけではないが、校内の様々な情報を握っていたと思われる。
九条隼人は、完璧超人。顔良し、頭良し、運動良し、おまけに性格も良しと、文句をつけるところの見当たらない人物だ。誰とも分け隔て無く接し、今後このクラスの中心人物となっていくような人物だ。
俺の、最終目標としては、この2人と親友になりたいわけではない、ある程度仲が良ければ、それで構わないのだ。稲葉も九条も、校内の情報を多く握っている。その上、九条とある程度話をする仲というだけで、悪い言い方にはなるが箔がつく。
最終目標の5人と仲良くなる上で、友達が一人も居ない地味なやつであるよりかは、九条君と仲が良いやつという評価のほうが事がうまく運ぶ可能性が高い。そのため、早い段階で近づいておきたい2人ではあった。
何なら、友達は多い方が良いし、状況によって重要人物も出てくるだろうが、当面はこの2人で十分というのが俺の見解だった。
とりあえず、最初は九条からだ。こうやって、教室で友達でも欲しそうに待っていると、やってくるはずだ。
前の世界では、俺は始業式の日は神宮さんほどではないが早めに帰宅した。その帰り際に、1人で手持ち無沙汰にしている生徒に声をかけてる九条を目撃したのだ。当時は、よくやるなとしか思っていなかったが、今の俺にとっては救いの糸である。1番難しいファーストコンタクトを向こうから取りに来てくれるというのは、それほど都合の良い話だった。
そんな風なことを考えていると、イケメンが気さくな感じでこちらにやってきた。他にも1人でいる生徒はいたが、俺が1番不安そうに見えたのだろう。
「涼風くんだっけ?今から帰るとこ?」
「あー、そんな感じ。九条のほうこそどうした?何か用事でもあったか?」
太陽のような笑顔で発される問いに、無難な答えを返す。
「用事とかじゃなんだけど、涼風くん、どうこのクラス?」
どうとは、また曖昧な質問がきたものだ。なじんでなさそうなのを直接的な表現を避けて聞こうとした思いやりなのだろうが。
「元々、そんなに友達も居ないのに、全然知ってる人が居なくて、正直不安かもな。」
「そうなんだ。だったらさ、これからは俺を頼ってよ。分らないことがあれば聞いてくれて良いし、話したいときには話し相手になるからさ。」
うーん、優しい。あまりに優しすぎる。ある程度予想していた回答とはいえ、こんなにうまくいくとは。とりあえず、都合が良いので、それに全面的に乗っからせてもらう。
「ありがとう。もしかしたら頼りすぎるかもしれないけど、これからよろしく。」
「いや、全然気にしなくて良いよ。むしろ頼られたいみたいなところあるから。」
最後には、笑って軽口まで返してくれた。これで気負わず、頼りやすくなるし、何より軽口は距離が縮まったように感じる。あまりに完璧な対応過ぎて、脱帽だ。俺と神宮さんの会話なんて、九条の会話技術に比べたらゴミ虫みたいなものだろう。
…こいつを使えば良いんじゃないか。ふと悪い考えが頭によぎる。こいつに、最終目標の5人に神宮さんを含めた6人と仲良くなってもらって、そのおこぼれでもいただけないだろうか。
いや、確実じゃないな。九条の腰巾着みたいなやつと、一体誰が積極的に仲良くなりたいだろうか。昔から腰巾着というのは良いイメージを持たれにくい。仮に、仲良くなっても、殺されるのを助けてくれるほど深い仲まで至ることはまず、不可能だろう。
それに何より、こんな良いやつを俺の都合で無理矢理6人もの人間と仲良くさせるのは、流石に悪い。九条は頼めば引き受けてくれそうだが、最終手段くらいに考えていた方が良いだろう。
「ありがとな。じゃあ俺は帰るわ。」
「気をつけて、俺はもう少し用事があるから残るよ。」
そう言って手を振ってくれた、おそらく、これから教室内に未だに残っている俺みたいな1人の人間に声をかけて回るのだろう。つくづく、よくできた人間である。そんなんで、ストレスとか溜まらないのかしらんと思ったが、それに救われてる身であるため、都合の良いものとして受け取っておく。
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