第5話 神宮七海という特異な少女

 それは衝撃的な光景だった。タイムリープしてから形作られた俺の世界を、根本から覆しかねないほどの衝撃。


 努めて平静を装い、自分の席へと向かい、腰掛ける。先ほどまで考えていたことは全て頭から抜け落ち、今は疑問が頭の中を覆い尽くしていた。


 誰だ、この人は。俺の記憶の中にこの少女はいない。少なくとも同学年には居なかったし、他学年でも見かけたことはなかったと思う。


 即座に思いつくのは、転校生。たった、春休みの2週間を過ごしただけで、本来やってこないはずの転校生がやってくるような変化を起こしてしまったのか。何の行動がきっかけとなって、そんなことが起こってしまったのか。心当たりは全くといって良いほどない。俺が、春休みの間にしたことなんて、ほとんど無いからだ。学校内の人物とはもちろん関わってないし、関わった人なんて町の人数人に今日が何年の何月何日かを聞いたくらいだ。それ以外では、人と関わっていないどころか外出すらしていない。もし、この程度の行動が世界をこんなにも変えるのならば、全ての前提が覆る。未来を知っているなんてアドバンテージはほとんど無いといっても良いだろう。


 ちらりと横を見やる。そこには、綺麗な黒髪をして、日本人形のように整った顔をした少女がいた。均整がとれすぎていて、逆に触れがたいとそんな風に思わせる顔をしている。


 そもそも、元々俺の隣に座っていた市原さんはどこにいったのだろうかと首を巡らせると、その少女の後ろに座っていた。どうやら少女が俺の隣に入った分、その列の席は1個ずれているようだ。


 …話しかけるべきだろうか。この少女は、明らかな特異点だ。これまで何一つ狂うことなく既定路線にあった世界に表れた異常。それが、俺の行動の結果によって引き起こされたにせよ、何か別の理由で引き起こされたにせよ、この少女を知ることは重要だ。この少女の人となりを知れば、何の行動がきっかけとなって、このような状況が引き起こされたのか分かるかもしれないし、何より、このタイムリープの核心に近づくことができるかもしれない。どうして、俺は1年前にタイムリープしてきたのか、その答えを握ってる可能性すらあるのではないか。


 いつだって、ほころびから答えは得られるものだ。そう、意を決して声をかけた。


「おはよう。俺は、涼風颯太。これから1年間よろしく。」


 そういって、できるだけ笑顔を心がけ、はっきりと自己紹介をした。すると、彼女は少し驚いたような表情をした。失礼な話だが、あまり感情を表に出さず、冷静な態度を崩さないようなイメージを抱いていたため、意外な反応だった。


「…こちらこそ、はじめまして。私の名前は、神宮七海。」


 そういって自己紹介を返してくれる頃には、また冷静さを取り戻していた。とりあえず、これで名前は知ることができた。神宮七海、全く聞いたことのない名前を頭の中で反響させる。どれだけ考えても、名字も名前もどこにも引っかからない。間違いなく、未来の世界にはいなかった少女だ。できれば、もっと情報を引き出したいが。


「神宮さんって、転校生?どこから来たの?」


「転校生ではないわ。1年生の頃から、この学校にいたのだけど。」


 そう言われて、息をのんだ。


 今の、驚愕は表情に出なかっただろうか、もし押しとどめられていたら自分で自分を褒めてあげたいくらいだが、あまり自信は無い。


 1年生の頃からいたはずがない。だとしたら、この少女…神宮さんが嘘をついてることになる。でも、何のためにそんな分かりやすく意味の無い嘘をつく必要があるのだろうか。


 表情が変わらないから分りにくいけど、もしかすると彼女なりのジョークなのかもしれない。できるだけ早く、クラスメイトとなじもうと慣れないジョークで和ませようとしてくれたのではないか。もしそうなら、戸惑いや沈黙を続けることは、あまりにも失礼だろう。


「…ああ、そうなんだ。1年生の頃から一緒くらいの気持ちはあるから、遠慮しないでみたいなことでいいのかな?」


「意味が分らないのだけど。大体、知らない生徒がいたら転校生だと思うなら、あなただって私にとっては転校生みたいなものなのだけど。」


 ジョークだと思い、軽口を返したら、思いのほか鋭い視線と鋭い語調で返されてしまった。元々切れ長の目が、不審なものを見るように、より細められている。場が和むどころか、一気に氷点下まで下がる勢いだ。


「…もしかして、本当に転校生じゃない?…ジョークならもう十分面白かったけど。」


「なんで私が初対面の人に、そんな何が面白いのかも分らない、伝わりにくい冗談を言う必要があるのかしら。」


 神宮さんは、ぐうの音も出ないほどの正論を返してきた。となると、神宮さんは本当に1年生の頃からこの学校に在籍していたことになる。それは、タイムリープの根幹を揺るがすような事実で、どう受け止めて良いものか判断に困った。単純なタイムリープなら、タイムリープするより過去の時点に変化が現れているのはおかしい。そうなると、ここは死後、別の世界に飛ばされてしまったといった風な話になるのではないか。


 今風にいうのならば異世界転生。限りなく現代に近い世界に飛ばされたのだろうか。けれども、それはある程度未来予知をできる現状に否定される。根本的にはタイムリープが一番近いのだろうが、神宮七海というのこの少女の存在だけが異常だ。


 彼女を抜きにすればタイムリープで話は通る。そのため、おかしいのはタイムリープという考えより、彼女の存在のほうだろう。だとすると、彼女の重要性は跳ね上がる。もっと仲良くなり、情報を得なければならない。


「…あー、今日も良い天気だね。」


「…そうね。」


 思いつくままに会話をしようと思ったが、あまりにも話題が思いつかず、定番の天気の話をしたら空気は最悪だ。そもそも、天気から話題が広がる未来が見えない。何故こんな最悪の話題が定番扱いされているのか、果てしなく理解に苦しむ。今後一切、天気の話題はしないことに決めた。


「神宮さんって、このクラスに友達とか居たりするの?…ほら、前に同じクラスだったとか。」


「いないわ。」


 あまりに直球の返答だ。それが当然だと感じている、堂々とした態度。


 それにしても、向こうから話題を広げようともしてくれない。それでは、友達なんてできないぞと言ってやりたいが、多分、彼女自身そういうものを求めていないのだろう。似たような高校生活を送ってきた俺にはそれがよく分った。大体、初対面で相手を転校生扱いしたような相手とどうして仲良くなりたいと思うだろうか。我ながら最悪のファーストコンタクトだ。


「友達とか欲しくならない?居ると結構便利かもしれないよ。宿題移させてもらったり。」


「便利どころか、今みたいに、会話を続けないといけない面倒さの方が大きいと思うのだけど。」


 …結構傷ついた。あまり歓迎されていないと思ったけど、ここまではっきりと拒絶されると、思いのほか傷つく。普通、言葉に出さないだろうと思う反面、寄りつく邪魔虫の撃退法としてはこの上ないのかもしれない。実際、撃退されいるのだから。こうなると、仲良くなるのは厳しいなんてものじゃない。


 何かきっかけでもあれば良いんだろうけど、そう都合良く落ちているものだろうか。ひとまず、今は引いた方が良いだろう、これ以上会話を続けると下がりようのない好感度が、取り返しのつかないレベルまで下がってしまうこと請け合いだ。


「ま、まあ、これからよろしく。」


「……。」


 最後に締めくくった言葉には返事すらなく、最悪のファーストコンタクトは終わりを告げた。

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