第05話 三階に落ちてきた者たち
「うわああぁああぁああ~」
情けない悲鳴とともに、三階の廊下へと落下した少年が床にべちゃっと伸びた。
「ふええええ~ん……リンとギンが番犬になったら、ボクじゃ勝てないよ~!」
涙を拭きながら起き上がった少年の頭部には、羊のような
少年を容赦なく落下させたのは、天井にぽっかり空いた不自然な穴。魔王の配下である蜘蛛のような魔物が創り出す糸は、魔王の意思一つで硬くも柔らかくもなる。
少年は何度もこんなことを繰り返してきて、もう嫌になっていた。いっそ負けたら一気に一階へ降りられたらいいのにと、ないものねだりで心がくじけそうになる。ふわふわした柔らかい子犬のような毛髪に付着した糸くずをパンパンと払って、その量の多さにゾッとし、またうなだれてしまう。
「どうして、ボクなんかが勇者だって信じられてるの……。ボク、こんな所で魔王を倒すために戦いたくなんて、ないのに~……」
ダボダボの青いセーターの袖で顔を覆って嘆く羊少年。そこへ、革靴の底を鳴らして歩く別の少年二人が、歩いてきた。
「捜したよ~。心配したんだから」「こんな所におったのか。ぐずぐずしとらんと、己からも仲間を探しに行かんか!」
同時にしゃべるこの二人組は、黒髪に黒曜石のような双眸の、紅顔の美少年。瓜二つの顔をしているが、よく見ると鏡映しのように左右反転した容姿をしている。リンが赤系統の東洋の服装、銀は青系統を身にまとっている。
羊少年は顔を上げると、先ほどの戦いで負けた腹いせに目尻を吊り上げた。
「もう! 無理なんだよ、ボクには! ずっといろんな階層をうろうろしてばっかりで、やんなっちゃうよ!」
「元気だして。君のカードは便利なんだから、なんとか上の階まで持っていこうね」「負ければ全員で下階に落ちるだけだろう? またこの階で勝ち上がっていけば、いずれ魔王にも会えよう」
同時にしゃべるから、羊少年だけでは聞き取れないのだ。これが勝負に負けた原因にもなっている。
「はぁ~あ~、天才錬金術師のリン君達と一緒じゃ、またボクが勝負に負けちゃうや……。ここって三階だっけ? あーあ~。魔王って十階にいるんだろ? たまには魔王から自力で下りてきてほしいな~」
意味のないグチがどんどん増えてゆく。その後も散々グチグチと過ごしていたが、やがてグチのネタも尽きてきた。
「……黒いモヤモヤの霧、まだ出てこないね」
「いつもはすぐに出てくるのに、おかしいね。見逃しちゃったのかな?」「深夜には勝負は始まらんぞ。個室で休んでいよう」
「ちょうどいいや。ボク、休憩したーい。毎日毎日こんな調子じゃ、メンタルがもたないよ。こういうのは元気なときにやらなきゃ楽しめないんだよな」
「一階に置いてきちゃったオーランドは、元気かなぁ。彼は優しいし、強いスキルが多いから、一緒にいてくれたら有利になるのにね」「以前、儂らと一階まで落ちたときに、騎士のオーランドがくじけて休憩していただろう。あやつ、そろそろ上がってきてくれんかのう」
「誰か~! ギン君の話してる言葉だけ聞き取って~! ボクじゃ二人分は無理なんだって~!」
リンとギンは、元々は一人の錬金術博士だったそうだが、この勝負に絶対に勝つために、なんと自分の心を体ごと二つに分けてしまったのである。それだけでも充分狂人じみているのに、リンとギンのうち『ギンは嘘をつかない』ように造ってあると言う。
では、ギンに向かって「君が番犬?」と聞けば一発でわかりそうなものだが、そこは元博士、『嘘はつかないが、嘘は言ってない』を駆使されてしまい、上手い言い回しでのらりくらりと質問をかわされて、けっきょく読み合いの心理戦になる上に、元気な声のリンが被せるように議論に参加してくるので、羊少年一人だけではとても議論相手になれないのである。
騎士オーランドがくじけて一階にこもってしまってから、羊少年はずっとオーランドを恨んでいた。そしてどうして自分も一緒に休憩しなかったのかと、激しく後悔していた。
(あーあ、またボクが番犬に変身して、リンとギンがそれを言い当てて勝利してくれたらな~、楽して上の階に行けるんだけど、ここ最近はリンとギンが番犬の確立が高くて、負け続けてる……せっかく八階まで上ったと思ったのに~、あれよと言う間に三階に~)
折れていた。すっかり心が折れていた。
すぐに勝負を開始なんて、できない。
窓の外は真っ暗だ。城を形成する糸が光り輝いて照らしてくれているから、城内だけは足元が見える。しかし純白の世界は夜中でも目を休ませてはくれず、眠るときは羊角のイヤーマフを目の部分に当ててないと、熟睡できないのだった。
「ボク、三階の端っこの部屋に羊さんクッションを持ってきてるんだ。今日はそれで寝ようかな。リン君たちは、どの部屋で寝るの?」
「う~ん、左から三番目! あそこが一番落ち着くんだ~」「左から三番目の部屋だ。あそこに実験道具をある程度そろえてある」
かろうじて左から三番目を聞き取れた。
「それじゃ、おやすみ~。今日君たちに負けたこと、恨んじゃうからね~」
「おやすみ~、良い夢を!」「負けるヤツが悪いんだぞ」
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