第43話


 二階に上がった僕らは、微妙な気まずさの中廊下を歩んでいた。そもそも奇異な状況なのだが、それにしても各々の口数が少ない。時折、部屋の解説を四季さんが行う程度だ。


元々四季さんと僕はそこまで饒舌に会話をしあう仲ではなかったし、西成田さんと四季さんも同じだろう。僕と西成田さんならば、多少は話す仲ではあるが、四季さんが居るとどうにも話が弾まない。


 探索については、比較的順調だった。僕や四季さんは元々この廃墟の探索に慣れているし、西成田さんも地縛霊を見ても動じることなく対処できていた。そもそも地縛霊が出現する回数が少なく感じる。一階と二階で手分けしている事が影響しているのだろうか。


 二階はこの前訪れた理科室と同じように、家庭科室や視聴覚室と思われる特別教室が並んでいた。また、一階の教室が並んでいたエリアの真上には、通常の教室も見受けられる。通常の教室棟とその他の目的の教室棟で別れているイメージだ。


「二階には理科室の隣にしか隠し部屋は無いんだよね?」


「ええ。少なくとも、私たちが見つけたのはそこだけね」


 隠し部屋を西成田さんに案内しながら、僕は四季さんに尋ねる。ポーカーフェイスを貫いていた西成田さんも、隠し部屋の存在を目の当たりにした際は、流石に驚いた様子だった。僕としては、この部屋に驚くのなら地縛霊を見た時にもリアクションがあっても良いと思うのだが……。


「三階には隠し部屋はないの?」


「うーん……三階はあんまり探索できてないのよね。きっとどこかには有るんだと思うんだけど」


「あんまり探索できてないのは、外に逃げられないから?」


 その理屈だと、二階と同じ条件に思えたが、やはり別の理由が有るらしい。


「危ないから二階以上に上がれるメンバーを厳選していたのも確かにあるわ。でも、実情は三階は他の階よりも地縛霊に遭遇する回数が多いからなの。そのたびに捜索が中断されて、中々巡れてない感じね」


 なるほどと頷く。実際にどれほどの頻度で遭遇するのかは分からないが、複数のチームに分かれれば遭遇率が下がるかもしれないという、僕の予測が役に立ちそうだ。現状の仲間は六人いるのだから、三チームに分かれてそれぞれの階を探索してみるのを試しても良いだろう。


 時折、地縛霊の妨害に遭遇しながらも、一通り二階の教室を巡り終える。教室の中から廊下の僕らの様子を観察するような地縛霊ならば、わざわざ足を止めなくてもよいのだが、道を阻む様に出現するものだと、無視はできない。引き戻すにしても、それを反応と捉えられれば襲われるに違いない。なんだかんだ言って、随分と時間を浪費した。


「どうする? そろそろ時間だけれども、三階に興味があるのならちょっと様子を見てみる?」


 僕は時計を確認すると、約束の時間まであと五分ほどあった。しかし、時間に遅れれば無用な心配をキョウたちに掛ける事になるだろう。何かしらのトラブルに見舞われても面倒だ。僕は四季さんの問いにかぶりを振った。


「いや、三階はまた今度見てみるよ。西成田さんも居る事だし、今日は一旦引き返そう」


 四季さんは「そう」と短く答え、一階へ続く階段に向けて歩む。西成田さんを引き合いに出したが、涼しい顔をしている彼女もきっと慣れない事で疲れがたまっている事だろう。


 階段を降りた先で黒い影法師のような地縛霊に遭遇し足止めされるが、無事に切り抜けて、昇降口から外に出る。


 既にキョウ達は外で僕等を待っていた。どうやら、考えることは同じだったらしい。


「上の階はどうだった?」


「大した収穫はなかったけど、後で話すよ」


 キョウの問いに僕は答える。つまりは、この後にギシガシへの対抗の検証に付き合う気で有ることを伝えていた。


「よし。全員生きてるな。それじゃあ、一旦帰る奴は帰ってくれ」


 キョウは皆に促すが、動くのは誰一人居なかった。聞き方の問題もあると思うが、どことなく帰りにくい空気が流れている。いわゆる、同町圧力というヤツだ。


「この後残ると、帰れるのは明日の朝になるぞ?」


 きっと気遣いのつもりでキョウは言ったのだろうが、これではまるで最終確認だ。反応を返したのは、意外な人物だった。


「でもさ、そのギシガシってのが来たら、家にいてもお終いなんでしょ? だったら、残ってキョウ君に何とかしてもらえる方が、まだ助かる確率があるのよね」


 西成田さんは手元で携帯端末を操作しながら言う。話ながら携帯を弄れるなんて、器用だと思うが、そんな事よりも驚いたのは彼女の思考だ。


 理にかなった考え方だと思う。そして、狡い考えだとは思うが、これで残りの二人も帰る選択肢を選びにくくなるはずだ。今まで校舎内を探索していた時も押し黙っていた彼女が、どうして急に助け舟を出すような真似をしてくれたのだろうか。


「……西成田の考えは分かった。二人はどうする?」


 案の定というべきか、ジンとサクラさんは顔を見合わせて黙り込む。


 僕は皆を巻き込む事をやめたいと思いながらも、ギシガシに対抗できる確率が上がる事をどこかで喜ばしく思ってしまう。


 夕暮れの風音だけが聞こえる沈黙の中、思考と行動を統一する事の難しさを痛感していると、ジンとサクラさんは首を縦に振った。


 どこかでカラスが鳴いた気がした。

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