第42話
案の定と言うべきか、放課後に例の廃墟へと向かう列の中にジンの姿はあった。彼は重そうなギターケースをわざわざ背負い、足場の悪い道を行く。なし崩し的ではあるが、サクラさんも一緒だ。
そして驚いたことに、もう一人の新しい顔もあった。
「まさか西成田も一緒に来るとはな」
キョウも彼女が四季さんの誘いに乗る事は意外だったらしい。しかし、キョウやサクラさんから向けられる西成田さんへの視線は敵意を孕んだものだった。
当然と言えば当然だ。彼女は倉田一派の人間であり、決して僕らのグループと友好な関係ではなかった。僕は西成田さん個人とは、多少の交流はあるものの、もしもこの場に居たのが倉田や岡田だったなら、同じような目を向けていただろう。
「やっぱり倉田や岡田の為に来たの?」
僕は後ろを歩く西成田さんにさり気なく近づき尋ねる。別に堂々と聞いても良いのだが、キョウやサクラさんは良い気がしないだろうと考えて配慮したのだ。
「……まあ、そんなところ」
あまり要領の得ない返答だ。別に自分が助かるためだと言っても良いと思うが、他者を理由にしない事が憚られたのだろうか。或いは、別の目的があってここに来た?
何にしても、独特なコミュニケーションを取る彼女からこれ以上、心の内を明かしてもらうのは難しいだろう。倉田や岡田のような、性格の悪い連中がどうして西成田さんと仲が良いのか理解に苦しむ。
やがて僕らは深緑第一中学に辿り着く。制服を着た一団が廃校舎に集まっている様子は、傍目には微笑ましい青春のワンシーンに思われる事だろう。
「まず、この場所での注意点については皆覚えているよな?」
キョウは立ち止まって全員に伝える。事前の説明については、来る途中の電車でキョウが済ませていた。四季さんは地縛霊の存在を突然見せつけるという手法で僕とキョウの信頼を勝ち取っていたが、キョウはそれよりも安全を取って皆に詳らかに地縛霊について話していた。
「バケモノが出たら動かなけりゃいいんだろ」
「それと、何かあったらすぐに外に出るのよね」
ジンとサクラさんが答える。キョウは満足気に頷いた。
「まずは全員で行動して、地縛霊の存在について認識してもらう。その後、二つの班に分かれて探索する。夕方に一旦解散にするつもりだが、もしもギシガシに対して有効な対抗手段について検証に協力してくれる奴は、今夜この廃墟で一晩を明かしてほしい」
サクラさんと西成田さんは嫌そうな顔をする。一応明日は祝日で学校は無いのだが、廃墟に停まるなんてイベントが気軽に受け入れられる訳が無い。
「それじゃあ、行くぞ」
僕らは深緑第一中学へと足を踏み入れる。黙って教室側の道を行くと、突然キョウが立ち止まり皆を制する。
廊下の先の教室から、異常に背が高い地縛霊が姿を見せた。地に着く程の両腕を引きずって現れたのは、始めてこの場所を訪れた際に僕を捉えた地縛霊と同じ存在に思えた。ぬめりを帯びた肌がてかてかと光を反射して、過去のトラウマが蘇り全身が粟立つ。
初めて地縛霊を目の当りにするジンは驚いた様子だが、言いつけ通り立ち止まって地縛霊を睨みつけていた。西成田さんに限っては、まるで無反応を貫いていた。
やがてその存在が消える。キョウは安心したようにため息を漏らした。
「今のが地縛霊だ。この場所では、たまに出てきて部屋の捜索を邪魔してくる。落ち着いて対処すれば害は無いが、反応を返すと襲われる。ユウはさっきの奴に危うく食い殺されるところだった」
キョウの冗談に皆が苦笑を漏らすが、僕としては本当に怖かったのだ。少しムッとしたが、別に怒るほどではないと口を噤む。
とりあえず目的の第一段階である、地縛霊との遭遇が早々に行えたことは幸いだ。いや、普通に考えれば、幽霊との遭遇など不幸以外のなにものでもないのだが。
その後、一旦僕らは外に出る。そしてキョウの音頭で班分けについて話がされた。
「まず、四季とユウ、西成田の三人で二階の捜索。残りは俺と一緒に一階を探す。二階は四季、一階は俺をリーダーとして、それぞれリーダーの言う事を聞きつつ、気づいた事があったら報告してくれ。異論があるヤツはいるか?」
「二階の捜索には貴方も居て欲しいわ。まだ案内していないエリアが多いもの」
四季さんが口を尖らせて異議を申し立てる。僕は彼女が個人的な感情でキョウと同じ班に成りたいだけだと考えたが、キョウはその申し立てを却下した。
「二階については後でユウから共有を受ける。二階は窓から逃げるという緊急手段が取れないから、慣れたメンバーが良いと判断した。さっきの様子だと、西成田も肝が据わってる様子だったしな。それに、俺は俺で一階を色々と自分の目で見てみたい」
キョウに言い包められて、四季さんは口を噤む。納得はしていないが、反論しても仕方がないと判断したのだろう。
「よし。それじゃあもう一回中に入るぞ。二階班は念のため塩を多めに持って行け。二時間したら一旦ここに集合する」
キョウの言葉に従い、僕らは再び深緑第一中学へと足を踏み入れた。
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