第41話
週明けの朝は、僕の暗鬱とした気持ちとは裏腹に清々しい晴天の空だった。夜通し例の廃墟で過ごした翌日は、少し天気が崩れていたが、どうやら低気圧は一日で僕らの町を去ったらしい。これからの時期ならば、台風になっていただろうと思いながら、学校では正しくこれから他風が訪れる事だろう。
金曜日から数えて、三回の夜を超えた。それはつまり、三人の生徒が新たに行方不明になっているという事だ。いや、もしかすると四季さんの前の学校の生徒や、僕らのあずかり知らない所で日記に触れた人物が選ばれている可能性がある。それでも、確率的には最低でも二人はギシガシに連れて行かれている事だろう。
そして、それは僕の友人の中から選ばれている可能性も十分にあった。幸い、僕はこうして無事なようだが、この幸運が果たしてどれだけ続くのだろう。友達の為、そして自分の為にも、一刻も早く日記の部屋を見つけなければ。
教室につくと、サクラさんとキョウと、そして珍しく余裕をもって登校していたジンが話していた。
キョウが二人に部屋探しの勧誘をしているのかと思ったが、ジンの表情を見る限り何やら様子がおかしい。
僕がおずおずと皆に近づき、おはようと挨拶を交わすと、ジンは縋るような目で僕を見る。
「なあ、トノが何処に行ったか知らないか? 金曜の夜から連絡が取れねえんだ」
僕は胃がキュッと縮まるような痛みを感じる。どうやら選ばれた一人はトノだったらしい。
「……ごめん。心当たりはあるけれど、キョウから話を聞いてるんじゃないかな」
キョウは呆れたように肩をすくめて、ため息をつく。
「またその話か。確かにトノの家にも行ったが、金曜の夜に突然消えたらしい。血痕が残っていたという話も聞いた。だが、それがあの日記のせいだって話、信じられると思うか!?」
「でも、不思議な事はあるんだよ」
これはサクラさんの言葉だ。彼女もあの廃墟で地縛霊の存在を目の当たりにしている。トノの失踪を受けて、ギシガシの存在について認識を改めたとしても不思議ではない。
「お前まで何を言いだすんだよ!?」
ジンからすれば、味方だと思っていたサクラさんが僕らの肩を持つような事を言ったのは意外だろう。
僕は今のジンならば説得しても良いかもしれないと考え始めていた。
「ねえ、もうキョウから聞いているかもしれないけれど、今ならまだトノを取り返せるかもしれない。って言ったら、どうする?」
ジンは悲痛な目で僕を睨みつけた。理性では僕の誘いを拒否しながらも、トノを助けられるかもしれないという期待の間で揺らいでいるのだろう。
もっとも、トノを救えるかどうかは怪しい所だと考えてはいた。その部屋に連れ去られた人が居るとして、五体満足で生きているとは到底思えない。あれは四季さんがキョウを仲間に引き込むために、マヤちゃんの名前を使ったに過ぎないのではないだろうか。実際に僕が同じ手を使ってみて、これはあまりのも使い勝手が良く、仲間を増やすうえで有効な殺し文句のように思えた。
「俺にも四季と協力して、その廃墟探索とやらをやれってのか?」
「四季静が言うには、行方不明になったやつらは日記の部屋に連れて行かれているらしい。今ならまだ助けられるかもしれない」
ジンは教室の片隅に居る四季さんの方を睨みつける。彼女は西成田さんと何やら話をしているらしい。果たして四季さんだけで西成田さんを言い包める事はできるのだろうか?
そういえば、岡田に引き続き倉田の姿も教室の中に見当たらない。もしかすると、彼女もギシガシに連れ去られたのかもしれない。嫌な事ばかりが続いていたが、こればかりは胸のすく思いだ。
「……トノが消えたのはアイツのせいなんだよな?」
「日記を持ち込んだという意味ではそうだ。だが、それは彼女自身の身を守るためでもある。もう既に日記を読んでしまった俺たちは、四季静と同じ立場だ。敵視する気持ちは分かるが、今は協力する事が俺たちの為でもある」
キョウは相変わらず四季さんの肩を持つ。僕にはどうにも、キョウが四季さんの味方をするのか理解できずにいた。
しかし、ジンが味方してくれるのなら好都合だ。ギシガシに対して塩が有効かどうか検証するには、一人でも多くの仲間を集める必要がある。
「ねえ、ジンも廃墟探索手伝ってくれない? 今だったらまだ、トノを助けられるかもしれないんだからさ」
僕の説得にジンはイエスともノーとも答えない。しかし、その悲痛な表情から、僕は彼が放課後に部活をサボり、一緒に深緑第一中学へと向かってくれることを確信していた。
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