第40話


 夜。僕らは深夜の深緑第一中学の体育館に居た。


 もともとキョウの家の近くの広場でギシガシを待ち構える案もあったのだが、周囲に人の目があるの中で深夜に塩をばら撒いていては、目撃者に通報されかねないという理由で、結局この場所で待ち受ける事になる。


 体育館である理由は、広い場所であることと、室内であるためだ。校庭よりも室内の方が、ギシガシが現れる予兆を感じやすいらしい。静寂の室内ならば、ちょっとした物音でも響きやすいというのが理由だ。


「……来ないね」


 僕は塩の袋を抱えながら呟く。時計はもうすぐ午前一時を示す手前まできていた。


「まだ十分ある。気を抜くなよ」


 キョウは気合十分と言った様子だが、僕と四季さんは半ばあきらめていた。


 そもそも、この計画は僕ら三人のうち誰かが今夜選ばれなければ意味が無いのだ。一体何人があの日記を読んで生き延びているのかは知らないが、精々数十人と言ったところだろう。恐らく確率の上では、十パーセント前後と言ったところだ。


 この調子では、おそらく他の誰かの所にギシガシが現れたのだろう。この場に居ない仲間の事は心配だが、今日も自分の身が無事だった事に安堵しても良い頃だ。


 しばらくして、キョウの携帯のアラームが鳴る。午前一時にセットしていたのだから、これで僕らの元にギシガシが現れなかった事が確定した音だ。


「……やっぱり三人だと分が悪いな」


 キョウも諦めがついたようで、抱えていた塩の袋を鞄に仕舞う。この塩はわざわざ昼間に駅まで戻り、栄えている近場の駅まで電車に乗って買い足したものだ。男女三人の高校生がコンビニで大量の塩の袋を購入する事に、アルバイトのお姉さんは相当困惑しただろう。


「うん。もしやるなら、せめて狙われている人の半数は集めたいね」


 僕も塩を鞄に仕舞いながら言う。できる事なら、半数以上を集めてこの場所で待ち受ければ、数日以内にギシガシと対峙することが出来るだろう。しかし、ジンやサクラさんのような人たちをこんな場所に呼び出して、夜中の一時まで付き合ってもらう事は可能なのだろうか。


 そもそも、ギシガシが他の地縛霊と同じように塩が弱点である確証は無いのだ。もしも皆を集めてギシガシと対峙した時に、塩が有効でなく誰かが犠牲になった場合、責任の矛先は僕らに向かうのではないのだろうか。血気盛んなジンなど、キョウか四季さん辺りを殴り殺しても不思議ではない。


「この後、どうする?」


「……始発まで時間は有るし、日記の部屋でも探すか」


 僕らはノロノロと体育館を後にし、校舎へと向かう。一応、僕は家族にはキョウの家に泊まる旨を連絡していた。キョウも僕の家に泊まると電話をしていたが、四季さんは家族に連絡している様子は無かった。放任主義の家庭なのか、或いは案外不良少女なのか。


「やっぱり他の連中の協力は必要かもな。壁剥がしたりするのにも人手が居るし、三人では限界がある」


「うーん……できれば巻き込みたくないけどなぁ」


 しかし、キョウの言っている事も分かる。僕らだけではでは、できる事は限られてくる。一体どうするのが正解なのだろうか。


 考えがまとまらない中で、廃校舎をぐるぐる回る。キョウは時折、壁を小さなハンマーで叩いて、奥に空洞が無いかを確認していた。もっとも、夜の活動は集中力が切れている事が考えられるため、一階部分の調査しか行わないよう取り決めていた。


 同じ理由で、地縛霊に対する塩の効果の実験もやめていた。キョウは盛り塩と地面に撒いた塩の効果の比較や、対象を消滅させる塩の量について検証したがっていたが、こんな暗がりの中で地縛霊と鬼ごっこをするのは絶対に許容できない。必ず不測の事態で命を落とすに決まっている。


 結局僕らは大したことが出来ないままに、だらだらと時間を消費した。


「ねえ、そろそろ出ない?」


 午前三時を回った辺りで僕は二人に提案する。もう何度か地縛霊と遭遇していたが、暗がりと言う事もあり、見落としそうになる場面が多々あった。


「そうね。安全な所で少し休みたいし」


 意外な事に四季さんが同意してくれる。キョウも黙って頷いて、作業の手を止めてくれた。


 僕らは校舎から出て、駅に向かう。始発は午前五時過ぎなので、まだ時間はあるが、流石に丸一日働いて疲れがたまっている。少しでも早く帰りたいのだ。


 僕は今後の事を考える。来週の月曜日に、皆に対してどうアクションを起こしていくか。いや、そもそも誰が無事でいてくれるか。


 僕はサクラさんの事が心配になり、メッセージを送ろうとしてやめる。今は真夜中だ。きっと無事でも眠っている事だろう。


 僕は背後にそびえる深緑第一中学を見る。ギシガシに捕らえられたと思われるマヤちゃんも、あそこのどこかで眠っているのだろうか。

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