第39話
キョウは飛び掛かって来た地縛霊に対して、持っていた塩の袋を投げつける。切れ目を作っておいたのか、地縛霊に向けて中身の塩がぶちまけられる。
黒い人影の地縛霊に大量の塩が振りかけられる。すると、黒い影は全身からジューと肉が焼けるような音を立てながら、体が霧散するように消えて行った。
「キョウ!」
僕は呆気にとられながらその一部始終を見ていたが、すぐに気を取り直して窓から校舎に入る。まだ安全な状態という確証は得られなかったが、親友の身を案じて飛び込む。
「大丈夫だ」
流石のキョウも少し肝を冷やしたらしく、額に汗を滲ませている。しかし、どこかを怪我した様子は無い。一見したところでは、とりあえず無事らしい。
「何があったの?」
キョウの胸ポケットの携帯端末から四季さんの声が聞こえる。彼女も音だけで異常事態が起こっていた事は察しているだろう。
「四季.今どこに居る?」
「まだ昇降口だけど」
「校舎内にいるよな?」
「ええ、当然よ」
ということは、校舎内から全員が外に出たために地縛霊が消滅したわけではないという事か。いや、そもそもキョウが中に入って襲われているわけだから、それは無いのだ。
「とりあえず、こっちに来てくれ」
「わかったわ」
四季さんはすぐに僕らの元に駆け付ける。キョウは四季さんの姿を確認して、通話を切った。
「それで、一体何があったのかしら?」
「キョウが地縛霊に襲われたけど、塩で撃退した」
「はぁ?」
四季さんの言葉は、一体何に対しての「はぁ?」なのだろうか。
「大丈夫なの?」
「ああ、何とかな」
「よかった」
僕は二人の事は差し置いて、盛り塩の方をチェックする。盛り塩は黒く変色していたが、お札は何の変化もない。また、床にばら撒かれた塩は黒いものと白いものが混在している。おそらく、白いままのものはキョウがばら撒いた塩なのだろう。
「これ見てよ」
無事を祝して抱き合いそうな二人を阻止するように割り込んで状況を見せつける。
「……札は変化が無いな」
「塩は有効だけど、札は効果が無いのかな?」
「さあ、どうだろうな? 検証してみない事には何とも言えない」
「ちょっと。こんな危険な事、まだ続ける気!?」
お前が巻き込んでるんだろ。もう何度も思った事を僕は口に出せずにいた。
「とりあえず、地縛霊に塩が効くって事が分かっただけでも収穫じゃない?」
「ああ。撃退には一キロの塩が必要なのは実用的じゃないかもしれないが、盛り塩や床にまいた塩でも時間稼ぎぐらいにはなる事は有益だな。壁を剥がしたりする作業をしている時に仕掛けておけば、有事の際にも時間を稼げるのは大きいな」
キョウの言う通りだ。地縛霊に襲われた時のために、常に一キロの塩を抱えておくのは非現実的だ。それに、果たして廊下を封鎖していた植物の地縛霊のように、巨大な相手に対しても一キロの塩で効果があるのかは、甚だ疑問である。
それよりも、塩をまいておくだけで地縛霊の行動を遅らせる事が出来る方が重要だ。探索の幅が広がる有益な情報である。
しかし、最も期待が持てるのは、もっと別の事だ。
「これでギシガシに対しても有効な対策になるかもしれないよね」
「……ああ。ギシガシが地縛霊の一種なら、塩で対応できるかもしれない。一応確認しておくが、過去に日記の呪いを退けた例はないんだよな?」
「ええ。私の知る限りはね」
当然、四季さんがそんな事を知っていればとっくに共有されていたハズだろう。もしも隠していたならば、僕は彼女の事を殴りつけていたところだ。
「……日記を読んだ奴なら、他の奴を迎えに来たギシガシを視認する事はできるんだよな?」
「ええ。私も見た事があるから、間違いないわ」
つまり四季さんは、目の前で友人がチェーンソーだかで切り刻まれる様子を目の当たりにした事があるという事か。そればかりは、いくらか同情してしまう。
「最後にいいか? ギシガシは夜に迎えに来ると言っていたが、具体的に何時ごろにやって来る?」
「……夜の二十三時から午前一時に掛けてね」
案外限定的な時間らしい。つまり一時を過ぎればギシガシは現れる事が無いという事か。これならば、朝方までうなされながら眠れぬ時間を過ごす必要はなさそうだ。
「よし。それなら一つ試してみないか」
「……何を?」
僕はそこはかとなく嫌な予感がする。
「俺たち自身を囮にギシガシを誘い出し、塩で撃退できるかだ」
まったくもって突飛な事を言いだす。これには流石の四季さんも驚きを隠せないらしい。
しかし、もしもうまくいけば、多くの問題が解決する。僕も驚きながらも、やってみる価値は十分にあるように思えた。
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