第38話


 まずはキョウの言う所の簡単な所から実践することになった。結果が気になるからと、四季さんもついて来る。


「じゃあ、さっそく……」


 キョウは三つのお守りを掲げて、廊下を歩きだす。迷信から最も遠い男だと思っていたキョウが、こんなものを掲げて歩いている姿は、きっと二度と見れないだろう。いや、この行為の有効性が証明されれば毎日のように拝むことが出来るのか。


 しかし、結果はすぐに判明した。


「……」


 目の前に異形の存在が姿を現すまで、さして時間はかからなかった。まるでフランスパンのように頭部が伸びた人型が廊下の先に現れる。僕らは押し黙ってそれをやり過ごした。


「残念。お守りは効果が無かったわね」


「次はこっちを試してみよう」


 僕は携帯端末からお経の録音データを流した。どこか荘厳な雰囲気を感じさせる廃校舎の中で、淡々と流れるお経というのは、何とも不釣り合いな気がする。


 これは始めは効果が有るかのように思われた。しばらくの間、地縛霊が姿を現さなかったからだ。これは期待できるのではないかと思った矢先、階段の踊り場に首を吊ったような体勢で宙に浮く人型が現れて、その期待は気泡に帰する。所詮は確率の問題でしかなかったらしい。


「お経もダメか。少し期待していたんだがな」


「デジタルデータだったからだよ。やっぱりキョウが唱えなきゃ」


 僕が冗談を言うと、キョウは苦笑して「考えておく」と言う。僕はこの場所で自然と冗談が言えたことに、自分の認識の変化を感じる。初めて地縛霊を見た時から考えれば、随分とこの場所に慣れてしまったらしい。それが良い事なのか悪い事なのかは分からないが、少なくとも探索する上では、地縛霊をそこまで脅威に感じなくなったことはプラスに働くはずである。


「それじゃあ、ここからが本番ね」


 僕らはまず、昇降口に四季さんを送り届け、それから教室の並ぶ廊下へと移動する。僕はキョウから袋入りの塩を受け取り、廊下の両端に盛り塩をする。また、盛り塩の周囲に塩をぶちまけ、もしも地縛霊がここを通れば必ず塩を踏む状況をつくる。


「僕らがここを通るときは、塩で足を滑らせないようにしなきゃね」


「ああ、気を付けよう」


 キョウは盛り塩の位置から少し離れた場所の壁にお札を貼る。お札を貼った場所は結界になると聞いた事があるが、はたしてここの地縛霊に対してどこまで効果があるのだろうか。


 一通りの準備が終り、キョウは四季さんに電話を掛ける。


「そろそろ始めるぞ。そっちは問題無いか?」


「ええ、大丈夫よ。気を付けてね」


 キョウは携帯端末の音声をスピーカーに切り替え、探索を再開する。


「できるだけ近い位置で出て貰えると良いな」


「もしも盛り塩の方に出たら、一旦消えるのを待って仕切り直そうね」


 僕らはそんな話をしながら、教室の中や廊下を行ったり来たりを繰り返す。普段ならできるだけ出会いたくない相手だが、いざこちらから探すとなると中々出てきてくれない。人生とは儘ならないものだ。


「……」


 しばらくして、ようやく地縛霊を引き当てる。黒い人型のような地縛霊が廊下の先に姿を現す。


 距離も十分にあるうえ、こちらは盛り塩の近くに陣取っている。非常に好条件がそろった形だ。僕とキョウは顔を見合わせ、盛り塩の方に走り出す。


 盛り塩の周りの塩を飛び越え、背後を振り向く。黒い人型は何故だか四つん這いになって僕らの方へ駆けてきていた。人型ならば、四つん這いの動き適していないというのは常識の話であり、目の前の地縛霊は四足歩行の肉食獣のごとく素早い。


 僕らはすぐに窓から外に出る。


「四季、もう少し校舎内に居てくれ!」


「分かった!」


 窓の外から中を見ると、地縛霊が立ち止まっていた。それは僕らが盛り塩をした辺りのように思う。


「なあ、あれって効いてるのか?」


 僕が尋ねると、キョウは黙って窓から中に入ろうとする。


「おい、待てよ!」


「あれが対象を見失ったから立ち止まっているのか、俺たちの貼ったトラップのせいなのかが分からない。検証しなければ」


「ちょっと、危険だよ」


「大丈夫、何かあればすぐに出るさ」


 キョウはそう言って窓に近づく。そして、片腕を校舎の中に入れるが、地縛霊に反応は無い。次にキョウは外から地縛霊に向けて、岩塩を投げつける。すると黒い人型はその岩塩を身軽な動きで避けて見せた。


「……ごめん、ちょっと普通の石で試してみてもいい?」


 僕が尋ねるとキョウがこくりと頷く。僕は手事なサイズの石を拾い、地縛霊に向けて投げつける。今度は避けなかったものの、地縛霊の身体を貫通して反対の廊下に当たる。


「……塩が何かしらの影響を与える事は確実らしいな」


 キョウは鞄から一キロの塩が入った未開封の袋を取り出し、それを抱えて窓から廊下へと侵入した。


 しかし、キョウが廊下に足を着いた瞬間、地縛霊が動き出す。


「ああっ!」


 僕が声を上げたのとほぼ同時に、地縛霊がキョウに躍りかかった。

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