第37話
少し開けた原っぱのような場所に腰掛け、各々が持ち込んだコンビニのビニール袋を広げる。僕は菓子パンを齧りながら、これが最後の晩餐になるかもしれないという冗談を思いつくが飲み込んだ。
「まず確認なんだが、地縛霊に襲われた時に校内に居る全員が校舎から出れば消えるんだよな?」
「ええ、そうよ」
「一体どうしてだろうね?」
僕は安全圏に居る事で気が緩んでいるのか、話が脱線すると思いながらも思った事をそのまま口にする。
「さあな。幽霊が出たり消えたりする理屈は詳しくないが、認識する人間がいないと存在できないんじゃないか?」
「でも、外から見てても消えちゃうんだよね?」
「あの学校に何か未知のエネルギーが渦巻いていて、私たちの脳がそれに触れる事で発生する現象なのかもしれない。って前の学校の子が言ってたけれど?」
まったくもって納得のできない理屈だ。何だよ、未知のエネルギーって。地縛霊の研究を進めれば、エネルギー問題が解決するとでも?
「まあ、そこを考えるのは後にしよう。とにかく、今重要なのは地縛霊に対してどうやって干渉すればよいかだ」
確かにそれはとても難しい問題だ。例えば、塩が効果あるのかと検証しようと思っても、地縛霊に対して塩を振りかける行為は相手を認識していると判断されるだろう。多少距離を取って塩を振りかけたとしても、逃げ切れる保証はどこにもない。
「まず簡単な所から試すか。さっきも持っていたから期待はできないが、これを掲げながら校舎を歩いて、地縛霊と遭遇するかどうかを試してみるか」
キョウはそう言って、神社のお守りを取り出す。それも、家内安全と交通祈願、厄除けの三種類だ。
「厄除けは理解できるけど、家内安全と交通祈願はどういう理屈?」
「理屈も何も通用しなさそうな相手だからな。家に有ったものを全部持ってきた」
なるほど。キョウらしくはないが、理にかなっている。ただ、長い事置いておいたお守りはお炊き上げだかで処分しなければならなかったような気がする。果たして何年物のお守りなのだろうか?
「それなら僕も試してみたい事がある。これを流しながら散策して、地縛霊に遭遇するかやってみたい」
僕は携帯端末を取り出して、昨晩ダウンロードしてきたお経の録音データをお流す。ピキニックには不釣り合いな淡々とした音声が流れ、滑稽な気持ちになる。
「確かに効果がありそうだな。地縛霊に遭遇してから流す場合や、デジタルデータで無くアナログデータの時も試してみたい」
「いいね。それじゃあ、キョウがお経を暗記してきてよ」
「ダジャレ?」
「うるさい」
「……まあ、一応考えておこう」
冗談のつもりだったが、キョウはやる気らしい。お経を唱えるキョウの様子なんて、絶対に録画してサクラさんやジンやトノに見せてあげたい。
「問題は塩だな。どうやって地縛霊に塩を振りかけようか」
「振りかける必要は無いんじゃないかしら。例えば、盛り塩をして、そこに地縛霊を誘導するのはどうかしら?」
「何か連中を誘い出す方法でもあるのか?」
四季さんはかぶりを振る。
「いったん襲われて、逃げるしか無いわね」
「なるほど、危険だな」
いくら窓から逃げれば良いとは、僕は二度とあんな目に遭うのはごめんだ。
「だが、俺もその方法以外に思いつかなかった。もしも地縛霊の脅威を排することが出来れば、日記の部屋を探す探索の効率も上がる。何より、ギシガシに対しても有効ならば、一旦は俺たちの身の安全が確保されるんだ。やってみる価値はあるだろう」
「マジかぁ」
僕は落胆のジェスチャーをするが、キョウは気にせず話を進める。
「まず四季。お前は昇降口で待機だ。誰かが校舎内に残っていないと地縛霊が消えるのなら、全員が外に出ては検証にならないからな」
四季さんはキョウの言葉に頷く。一番安全な場所に彼女を置くというのは、何とも嫌な気分だ。僕らは彼女に巻き込まれてここに居るのだから、彼女が一番危険な役を引き受けるべきでは無いだろうか。
「次に、離れた場所で盛り塩とお札を配置する。場所は教室が並んでいる廊下が良いだろう。窓から出ればすぐに安全圏に出られるからな。後は俺とユウで廊下を探索する。地縛霊が出たら、盛り塩とお札の場所までダッシュして、そのラインを越えたら窓から逃げて、廊下の地縛霊の反応を見る。もしも動きが止まっていたら、窓から岩塩を投げつけてみてもいいかもな」
お札や岩塩まで用意していたのか。改めてキョウの用意周到さには驚かされる。
「僕とキョウは一緒に逃げるの?」
「ああ、何か不測の事態が起こったら、互いに助けられるようにな。それと、四季とは通話を繋ぎっぱなしにする。もしかすると、標的を失った地縛霊が四季の方に行くかもしれないしな。それ以外でも、何かあれば自分の判断で校舎の外に出てくれ」
「ええ、分かったわ」
「よし、それじゃあ早速やってみるか」
昼食を終えた僕たちは、荷物をまとめて再び廃墟へと赴いた。
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