第35話
コンビニで買った昼食をぶら下げながら、僕は駅を降りる。休日だろうと、この寂れた駅に人の気配が無い事は変わりないらしい。
駅から出ると既にキョウと四季さんが僕を待っていた。
「ごめん、遅れた」
二人と同じ電車に乗る予定だったが、乗り遅れてしまった僕は、ただ謝るしかできない。
「いいよ。それよりも、無事で良かった」
キョウの心配はよく分かる。僕も約束の相手と連絡がつかなければ、日記の件を疑ってしまう。
僕らは三回目となる深緑第一中学への道を行く。
意外なことが一つ有る。四季さんの私服姿だ。
ベージュのタイトスカートに黒いブラウスすがた。肩から黒地に白いラインが入ったポーチを下げている。普段の制服姿とは違う姿に戸惑いを覚えるが、僕の常識と照らし合わせると、これから廃墟の探索に行こうというには些か場違いな格好に思えてならない。
道中では相変わらずキョウと四季さんが話し込んでいる。始めこそ、過去のあの廃墟での出来事や他の学校での日記にまつわる話が中心だったが、次第にキョウの雑学や互いのプライベートな話へと発展していった。
一体キョウはどういうつもりなのだろう? 僕は皆を助けるために、できる事をしようとここに来ている。だが、キョウは僕らをこの件に巻き込んだ張本人に随分と心を許しているように思う。
なんだ、僕は邪魔だったかな。
二人の様子を見ていると、ただ休日に遊んでいる男女にしか見えない。もしも僕がついて行かなければ、人気のない廃墟で何を始めるか分かったものでは無い。いや、それを阻止できるだけでも、今日僕がついてきた意味はあるというものか。
「さて、着いたな。さっそく残り二つの隠し部屋の場所に案内してくれ」
目的地に着くと、キョウは気を引き締めるように言う。先ほどの僕の心配は少しだけ低減されたが、まだ油断ならない。
四季さんは慣れた足取りで昇降口から中に入る。僕としては、何度も恐ろしい思いをしている場所に入るのだから、決して気の進むものでは無い。彼女はもう慣れてしまったのだろうか?
僕らは以前、手がロープのようになっている地縛霊に襲われた教室の隣の部屋へとやって来た。幸い、道中で異常な存在と出会う事ななくやって来ることが出来る。
「まず一つはここよ」
職員室の隠し部屋もそうだったが、僕らは入ってすぐに隠し部屋の存在を認識した。
机と椅子がごっそりと無くなっている教室。奥に鎮座しているはずの黒板が取り外され、床に置かれていた。そして、その奥には収納スペースのような空間が存在していた。
「これは……何だ?」
「確かに、隠しスペースと言った方がいいかもしれないわね」
その中に何か物があるわけではない。一見すると確かに隠しスペースと言えるもののように思える。だが、キョウの言葉の意図は四季さんの答えとは違うものだったはずだ。
その内部には黒いインクで“二階の手前の部屋”と大きな文字で書かれていた。
「二階手前の部屋っていうのは、たぶん理科室の隣の隠し部屋の事を言っていると思うわ。もっとも、この場所を発見した時には、既に理科室の隠し部屋については発見された後だったのだけど」
彼女の言葉を聞きながら、キョウは身を乗り出してそのスペースに上がり込む。いつの間に取り出したのか、片手に収まる小さなハンマーで壁を叩いたり、指で文字を擦ったりしている。
「何か分かりそう?」
「さあな」
僕が声を掛けても、空返事のまま作業を進める。だが、僕としてはこの文字が比較的最近に書かれた物のような気がしてならない。この場所が学校になる前に書かれた物にしては、表現が現代風な気がするからだ。
それこそ、四季さんよりも前にこの場所を探索していた人が、スプレー缶か何かで書いたのではないだろうか。或いは、彼女自身がこれを描き、僕らを怖がらせようとしているのではないか?
もっとも、それを彼女がやる意味が分からない。日記の話が彼女の虚言であったとして、彼女が得る物は一体なんだろうか。
一つある可能性が思い浮かぶ。あの日記を読んだ後、始めに消えてしまったのはマヤちゃんだ。そしてマヤちゃんはキョウと親密な関係に成りたいと望んでいた。
ここ数日の四季さんとキョウの様子を見ていると、四季さんも同じ感情を抱いていたのではないかという疑いを抱いてしまう。そして、邪魔者の彼女を始末し、更にキョウが興味を引く様な話を持ち掛けたとすれば辻褄はあるのではないだろうか。
「……流石にそれは無いか」
「何か思いついたかしら?」
四季さんが僕の前に立ち尋ねる。ここまで近づいて初めて気が付いたが、この女からは何か香水のような良い香りがする。
「い、いや。何でもないよ」
色めき立ちやがって。僕は憎々しく思いながら、心の中で毒づいた。
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