第34話


 外の日が陰り、すっかり夕日の光に世界が満たされたころ、僕らは帰路へとついた。


 結局あの職員室の地下から出た後は、そこまで多くを見る事はできなかった。もぬけの殻となった応接室、大きな机とソファーだけが残された校長室を見て、一旦帰る事になる。


 途中、廊下で黒い人型の地縛霊と出会う事があったが、僕らはそれをやり過ごした。流石のキョウも今日は大人しくしてくれていた。


「それで、あの隠し部屋は他にどれだけ見つかっている?」


 キョウは帰りの電車を待つ駅のホームで、四季さんへと訊ねる。数羽のカラスが電線から僕らを見ている。黄昏時にこんな寂れた駅のホームというシチュエーションは、ノスタルジックな感傷とホラー映画のワンシーンのような嫌な感じがせめぎ合い、何とも言い難い気持ちになる。


「私が知っているは後二つ。一つは同じ一階の、教室から行ける場所ね。昨日地縛霊に襲われた教室の隣に入り口があるわ。もう一つは二階の理科室の隣。階段との間に明らかに不自然な間があったから、見つけられたわ」


「よし。明日は残り二つを見てみよう」


「えっ? 明日も来るつもりなの?」


 僕は驚いて思わず声を上げる。


「さっきキョウと話していたの。私たちにはいつまで時間があるか分からないし、できる事なら夜もいろいろと捜索したいって。もちろん、私としては大歓迎よ」


 四季さんがキョウの事をあだ名で呼ぶことに、若干の苛立ちを覚える。キョウはキョウで、どこまでコイツに気を許すつもりなのだろう?


「ユウとサクラはどうする?」


 キョウが僕らに尋ねる。すっかり四季さんの仲間になったのだとつくづく思う。


「私はバイト」


 キョウに聞かれてサクラさんは即答する。彼女が今日の一件をどう解釈しているのかは知らないが、少なくとも初めに地縛霊と会った時よりは、あの廃墟の異常性について信じる気持ちになったのではないだろうか。


 だが、それはそれとして、今後も四季さんと協力していくかどうかは別問題だ。元々週末に遊びに行く約束をしていたいのだから、本当にアルバイトのシフトが入っているかは疑わしいとも思うが、だからと言って彼女を非難する事はできないと考える。


「そうか。ユウはどうする?」


「僕は行くよ」


 少し悩んだ後に僕は答える。気は進まないが、少しでも何かできる事があればやっておきたい。もしも週明けに誰か仲間居なくなっていた時、後悔したくないからだ。


「よし。まず、明日やる事だが、残り二つの隠し部屋を確認したい。もしも隠し部屋のありかに法則性が見つかれば、日記の部屋を探す手掛かりになるかもしれないしな。それともう一つ。地縛霊に対して何か有効な攻撃手段が無いか検証してみようと思う」


 僕はその話を聞いて、サクラさんが来ない事に安堵する。キョウの事だから、何か作戦があるのかもしれないが、どう考えても危険だ。


「何か手立てはあるの?」


 僕が尋ねると、キョウはかぶりを振る。


「そこまで考えがある訳なじゃい。ただ、刃物だとか鈍器とかは、とりあえず効果が無かったと四季から聞いているし、別のアプローチを幾つか試そうとは思っている」


「爆薬とか重火器とか?」


 この前の会話を思い返して僕が聞くと、キョウは苦笑してそれを否定した。


「違う。流石にそんなものを昨日の今日で用意する方法は思いつかないさ。ただ、非常識な物には非常識で挑もうと思ってな。塩だとかお札だとか、一般的に除霊に聞くというものが効果あるか試すつもりだ」


 なるほどと僕は頷く。確かに、地縛霊だと言われている連中には効果がありそうだ。僕もお経を録音したデータをネットから落としてこようかと考える。実際にお坊さんが唱えるお経と、電子音で再現したデジタルデータ化されたお経で効果の違いがあるのかは分からないが、試してみる価値はありそうに思えた。


「分かった。じゃあ、また明日。集合場所とかは連絡頂戴」


 僕は携帯端末を取り出して、連絡先を交換するQRコードを表示させ四季さんに見せる。今後の事も考えると、いつでも連携が取れる状況を作っておいた方が良いだろう。


 四季さんも携帯端末を取り出して、情報を交換し合う。サクラさんは忌々し気に僕らのやり取りを見ていた。僕だって四季さんと連絡先を交換する事を嬉々として行っている事ではない。当然の事ながら、サクラさんは四季さんと連絡先を交換しなかった。


 電車が来たので僕らは乗り込む。昨日よりも帰りの時間が遅くなったからなのか、人の数は多く思えた。


 結局帰りはサクラさんと殆ど口を交わさずに終わる。殆どの乗客が無言の中、キョウと四季さんが楽しそうに会話する声が聞こえる。一体この様子をマヤちゃんが見たらどう思うのだろうか。その考えがより一層、四季さんに対する嫌な感情を沸き上がらせるのだった。

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