第33話


 校舎に戻ると、キョウと四季さんが何やら話し込んでいた。キョウはどういうつもりで四季さんの話に入れ込んでいるのだろう? 自分の常識では測れない、奇怪な存在を目の当りにしたからなのだろうか。理知的だと思っていたが、案外こういう手合いの方が、胡散臭い話にコロッと騙されてしまうのかもしれない。


「ごめん、お待たせ。さっそく行こうか」


「いいのか?」


 キョウの問いは僕に対してではなく、サクラさんに向けられていた。サクラさんは敵意を隠す事はしないながらも、キョウの言葉に頷く。


「それじゃあ、行きましょう」


 四季さんが先頭に立ち、入って左側の廊下へと進む。ずらりと部屋が並んだ廊下は、日当たりが悪いのか、昨日の道とは違い少し薄暗かった。


 手前から職員室、応接室、校長室と並んでいる事は、文字のかすれたプレートから判断できる。その先は全ての文字は判別できないが保健室だろうか?


 一番手前の職員室に四季さんが入って行ったので、僕らもその後に続く。部屋の中は、教師が使っていた大型のデスクが並んでいるものの、書類や書物といったものは一切残されておらず、異色な雰囲気を放っていた。


 そして、驚いたことに、部屋の奥側――応接室のある方向――の壁が剥がされ、コンクリートがむき出しになっていた。そして、その一画に屈めば入れそうな穴がくりぬかれていた。


「驚いた? あれが隠し部屋の一つなの。ついて来て」


 四季さんがその小穴に向けて身を屈めて入る。キョウがその後に続いたので、僕とサクラさんは顔を見合わせて、どうしたものかと思案する。


「怖かったら別にいいわよ。そこで待ってなさい」


 僕らが付いてこない事に気づいた四季さんが、声を掛けて来る。こんな単純な挑発に乗せられるヤツなんて今時いないだろうと思っていたが、サクラさんはムッとした表情で小穴へと入る。僕も半ば呆れながら、その後に続いた。


 小穴の左には、地下に続く階段があった。そういえばキョウが、日記の部屋は地下にあると言っていたか。もしかすると、この先が例の日記の部屋なのではないかと期待してしまう。


 階段はコンクリート製のしっかりとした作りで、踏み抜いたり崩れたりする心配はなさそうだった。周囲を壁に囲まれている為、光は一切入らず真っ暗だが、先頭を歩く四季さんが携帯端末のライトで周囲を照らしてくれるため、足元に不安はない。しかし、左右の幅があまり無く、細身の人間でなければ出入りできないだろうと感じた。


 数十段の少し長いと感じる階段を降りると、両手を広げられる程度には広々とした空間に出た。


 そこは何とも異様な空間だった。茣蓙というのだろうか、藁を編んだような簡素な絨毯と、元々は寝具だったと思われるボロボロになった布切れ、足が外れて傾いた小さなちゃぶ台。カビの強烈な刺激臭の充満した部屋には、異様な生活感を感じさせる空間があった。


「これが私たちの見つけた隠し部屋の一つ。なんだか日記に出て来る部屋に近い物を感じるでしょう?」


 四季さんは表情を歪めながら言う。流石の彼女でも、この刺激臭には耐えられないらしい。


「……とりあえず出よう。一酸化炭素か何か、有毒な気体が充満しやすい構造だ」


 キョウはそう言いながら、部屋の写真を何枚か取る。なんだか心霊写真になりそうだなと思いながらも、彼の忠告に従い僕は携帯端末のライトを点けて、階段を再び上がる。


 下から見上げる出口から、僅かに光が差し込んでいた。それはこの不快な空間から平常な世界へ戻る希望の光のように思えた。


 しかし、あるものが目に入り、僕は足を止める。


「どうしたの?」


 後ろのサクラさんが聞く。しかし、僕は声を返せずにいた。


 階段を上がり切った先の曲がり角から、こちらを覗き込む顔が見えたのだ。頭髪は無く、しわくちゃの老人の顔だ。七福神の恵比寿のようなにこやかな表情がより一層不気味に感じられる。


 こんな所に、普通の人が覗き込むような真似はまずしないだろう。これはおそらく、地縛霊の一種だ。僕は先ほどと同じように、黙ってそれを見続ける。


 後ろの皆も、僕が立ち止まった理由に察しがついたらしい。サクラさんの一言からは誰も何も言わずに、僕が再び階段を上がり始めるのを待っていてくれた。


 こんな狭い場所で襲われたら一溜まりもない。逃げようにも下は袋小路の座敷牢のような場所だ。僕は恐怖を押し殺し、その存在が消え失せるのを待つ。


 やがて、その老人の顔は右側へと引っ込む。僕は安堵のため息を漏らし、後ろに向けて「もう大丈夫」と声を掛け上がり始める。


 職員室へと戻ると、やはりと言うべきか、地縛霊の姿は何処にも見当たらなかった。一体彼らは、どこから来てどこへ行くのだろう?


「もう随分と慣れたみたいね」


 四季さんが嬉しそうに僕に言う。僕は手汗でびっしょりになった両手を握りしめながら、ありがとうとお礼を言った。

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