第32話


 サクラさんの言い分もよく分かる。彼女と僕らの状況はすこしだけ違うのだ。僕らはあの地縛霊に襲われて、命からがら逃げきった。対して彼女は、地縛霊の存在を見ただけだ。


 もしも僕やキョウがあの時、地縛霊を見ただけだったのなら、トリックを疑う余地が有ったかもしれない。いや、キョウならば絶対に疑ったはずだ。だからこそ、あの地縛霊の正体を確かめると言って近づいていったのだ。


 その結果、危険な目にあったものの、アレは今までの常識では測れない存在である事が明白になった。しかし、サクラさんにはそれが無い。彼女からすれば、僕が騙すために何かのマジックを披露した風にしか見えないのだろう。


「一体何がそこまで二人を追い詰めたの? 私に一体何をやらせたいの?」


「ごめん、少し外で話そう?」


 ああ、これ以上はいけない。僕はそう思ってサクラさんを外に連れ出す。キョウはバツが悪そうにしているが、四季さんはニヤニヤと笑みを浮かべている。本当に性格の悪い女だ。


 外の日差しは既に少し傾いていた。まだ夕暮れと呼ぶには程遠いが、僕が日記を回収しに行っていた為、出発が遅れ昨日よりも遅い時間になってしまった。


 サクラさんは外に出るなり、顔を抑える。声こそ漏らさないが、泣いているのだろう。


「サクラさん、ごめんね。怖い思いをしたよね」


 それだけが理由だとは思わないが、きっとそれも理由の一つだろう。彼女も恐ろしい物を目の当たりにして、声を上げたり逃げ出したりしなかった。もしも彼女が何かしらのリアクションを取っていれば、今頃襲われていたのは僕だったはずだ。それをグッと抑え、我慢してくれたのだから、僕から見れば命の恩人である。


「何であの女の事を信じてるの?」


 サクラさんは声をしゃくらせながら尋ねる。その問いに正直に答えるため、僕は外に連れ出したのだ。


「日記の事については、もしかしら本当かもしれないって懸念がある。マヤちゃんの事と、岡田も今日学校に来てなかったから。もしかすると、来週にはもっと沢山の人が消えているかもしれない。それこそ、僕かサクラさんが居なくなっている可能性もある。もしもそれを阻止する方法があるなら、僕は何だってやるよ」


 そう、来週には犠牲者が増えている事だろう。四季さんの余裕はそこにあるのだ。きっとあの女の事だ「ほら言ったでしょう」と上から目線で関係者を煽り散らす事だろう。


 だが、どれだけ腹を立てようとも、彼女に協力していかなければならない。誰だって、自分が次の犠牲者になりたくはないのだから。


「でもね、僕は四季さんを信用したわけじゃないよ。僕自身や友達が助かるように、利用しているだけだ。だから、ほら、さっきも嘘ついちゃったし」


 僕は彼女に向けて鞄を開け、中にある日記を見せる。彼女は顔を隠していた手をどけ、それを見る。


「……どうして?」


「四季さんの事を信用していないから。僕は僕なりに考えて行動する。だから、サクラさんも自分で考えて、自分がしたいようにすればいいよ」


 彼女に無理強いはできない。例え四季さんに命を人質に取られていたとしても、僕たちは自由なのだ。


「ユウ君は私にどうしてほしい?」


「いや、だから自分で考えてって……」


「ユウ君だって私の事を非難できないと思うよ。だってキョウに選択をゆだねてる所、あると思うもん」


僕は痛い所を突かれたと思い、思わず苦笑してしまう。


「分かった。それじゃあ、まずは四季さんと協力して日記の部屋を探す手伝いをして欲しい。でも、あの人の言う事を全面的に聴いてちゃダメだよ。あの人は日記を一人でも多くの人に読ませて、その人を仲間に引き込む計画を立てているけど、僕はそれに反対だ。だから、この日記をこれ以上誰かの目に触れさせないよう、隠してしまおうと思う。もちろん、四季さんとキョウには秘密だ」


 僕が自分の考えを伝えると、サクラさんは「分かった」と頷く。


「よし。それじゃあ、二人の所に戻ろう」


 果たしてこれが最善の行動なのかは分からない。やはり自分で考えるよりも、キョウのように頭の良いヤツに判断を任せるべきではないだろうか。自分だけの事ならばともかく、サクラさんの行動指針まで僕が選んでしまってよいのだろうか。


 そんな不安の中、昇降口に向けて歩み出そうとすると、サクラさんが呼び止める。


「ユウ君!」


 振り返ると、彼女は涙を拭いて笑顔を見せる。


「信じてるから」


 僕はその言葉だけで、自分の頭で考えなければと覚悟を決められた。

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