第31話


「お前ら、何やってんだ?」


 先を行っていたキョウと四季さんが昇降口に戻ってきた。背後からついて来ていると思っていた僕達の姿が無く、心配して引き返してきたのだろう。


 僕が無様に座り込んでいる事と、サクラさんの蒼白の顔を見て、キョウも事態を察したらしい。


「出たのか?」


「うん」


 僕が頷くと、四季さんが驚いた表情で駆け寄る。


「無事なの?」


「何とか……」


「凄いじゃない!」


 四季さんは嬉しそうに僕の手を取って喜ぶ。


「ちゃんと私の言いつけを守って、耐える事ができたのね。偉いわ。アナタたちなら、二階から上の探索も任せられそうね!」


「二階?」


 僕がぽつりとつぶやくと、キョウが間に入って解説を始める。


「二階以上だとどうしても危険度が上がるからな。もしも地縛霊に襲われたとしても、昨日みたいに窓から逃げる事ができないだろう?」


 確かにキョウの言う通りだ。二階ぐらいなら、覚悟を決めれば軽いけがで済むかもしれないが、もしもそれが三階ともなれば、地縛霊から逃げ切れたとしても命の保証は無いだろう。


 僕は四季さんに手を引かれて立ち上がる。


「でもその様子だと、まだ練習が必要ね。しばらくの間は一階の探索で慣れていきましょう」


「いや……もしかすると例の部屋というものは一階を捜索すれば見つかるかもしれない」


 キョウが突然とんでもないことを言う。もう部屋の目星がついたという事なのだろうか。皆が驚愕の目でキョウを見る中、バツが悪そうに言葉を続ける。


「そうじろじろ見るなよ。あの日記では、食事を運んで来るヤツが階段を降ってやって来た描写があったはずだ。なら、部屋が地下にあると考えるのが普通じゃないか?」


「そんな描写あったかしら? 覚えてないわね……。でも、例えば二階から一階部分に作られた隠し部屋に降りて行った可能性もあるわよね?」


 何かしらの反論があるかと思ったが、キョウはこくりと頷いて見せる


「ああ、そうだな。だから、まずは一階を探索したい。人一人を匿っておける部屋が用意できる程の空間なら、部屋と部屋の間隔から目星を付けられるだろう。二階以上は危険度が上がるだろうし、比較的安全な一階部分を徹底的に調べ上げ、そのうえで上階を捜索しても良いだろう」


「でも、やみくもに探しても、隠し部屋はなかなか見つからないわよ。地縛霊への対応に慣れた仲間がいれば、上の階を調べる意味はあると思うわ。部屋を直接見つけられる可能性はもちろんだけれど、何かしらのヒントが上の階にあるかもしれないし」


 僕はどちらの言い分も理解できる。だから二人の議論に口を挟まずにいた。


「まあ、そうだな。とりあえず、今は一階を探索するという事でいいだろう。俺はまだ地縛霊に対して正しい対処が出来ていないからな」


 キョウが自虐的に言う。四季さんも頷いてその言葉に同意を示す。


「そうね。そういえば、西成田さんに日記の所在を尋ねていたみたいだけれど、どこに有るか分かったかしら?」


 突然僕に話を振られて驚いたが、何とか平静を装う。


「ああ、分かったよ。二組の杵築目君に渡したみたい。さっき話を聞いてみたけど、オカ研の前田先輩という人が今は持っているみたい」


「そう。順調に広まってくれて嬉しいわ。でも一度回収して、改めて記述を確認したいわね」


「あー、分かったよ。来週の月曜日に僕が回収してくるよ」


 僕は自分が手元にある事を隠して嘘をついた。日記の呪いが広まる事を望んでいる四季さんの意に反して、僕は日記が知らない人の手に渡らないよう独断で回収していた。


 しかし、キョウや四季さんが行動方針を検討するうえで必要になるならば、この場で出すべきだったかもしれない。そう後悔しながらも、もう後の祭りである。


「忘れずその杵築目君と前田先輩も仲間に勧誘するのよ。オカ研なら、地縛霊の出る廃墟に誘いやすそうね」


 四季さんは自分の思惑通りに皆が動いている事が嬉しいらしく、ご満悦な様子で言う。まるで信者を増やす新興宗教の活動を手伝わされている様で、何とも嫌な気分だ。


「ねえ、さっきのは一体何なのよ?」


 それまで黙っていたサクラさんが会話に割って入る。


「あら、言わなかったかしら? さっきあなたが見たモノが地縛霊よ。まあ、私は見ていないから確実な事は言えないけれど、きっと間違いないわ」


「嘘……」


 サクラさんは見たモノが信じられないという様子で、僕がさっきまで立っていた辺りでしきりに調べる。しかし、先ほどまで存在していた物の名残を見つける事が出来ず、僕を睨みつける。


「ユウ君。怒らないからさ、どんなトリックを使ったか教えてよ」


「えぇ……」


 確かに彼女からすれば、僕が何かしらの方法で彼女に地縛霊を見せていたと考えるのが自然かもしれない。


「いや、トリックとか無いし……」


「嘘。どうして四季みたいな女の肩を持つの? 二人ともどうしちゃったのさ!」


 サクラさんのヒステリックな声が校舎に響く。僕たちはただ困惑してその場に立ちすくんでいた。

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