第28話


「さあ、今日も深緑第一中学に行きましょうか」


 放課後になると、すぐに四季さんが僕らの元へとやってきた。


「あ、ごめん。すぐ戻ってくるから少しだけ待ってて」


「おい、待てよ」

 

 呼び止めるキョウを無視して、僕は鞄を持って教室から出る。キョウには正直に話しても良いかもしれないが、四季さんからお願いされていたのは日記の所在を確認することだ。朝方に西成田さんと話している所は見られているため、この後でどこに有ったのか聞かれるのは見えていた。


 四季さんが日記の所在を確認したいのは、あの呪いにかかった仲間を増やす為だ。つまり、これから先も犠牲者が増えていくことを望んでいる。


 僕はそれを阻止するために、あの日記を取り戻す。これはキョウからの指示ではなく、僕自身で考えての行動だ。あの日記を読んだ人が増えれば増えるだけ、ギシガシのターゲットにされる可能性は下がるのだが、それを僕の正義感は許してくれなかった。自分の身が心配ではないといったら嘘になるが、これ以上、こんな恐ろしい思いをする人が増える必要はないのだ。


 背後からは「どうしたのかしら?」「トイレじゃないか」という四季さんとキョウの声が聞こえて来る。戻った時にはお手洗いだと嘘をつこう。


 僕は杵築目の教室へと行く。しかし、教室の中には彼の姿が見当たらなかった。


「ねえ、杵築目君ってどこ居るか知らない?」


 教室に残っていた見知らぬ生徒に尋ねる。初対面の相手にできるだけ気軽を装って声を掛けているが、内心では緊張して最後の方は声が裏返っていた。


「杵築目? さあ、部室に行ったんじゃない?」


「ああ、ありがとう」


 僕はお礼を言って足早に教室を後にする。オカ研こと文化研究部の部室は渡り廊下を渡った先にある反対の校舎だ。僕は杵築目に対して若干の苛立ちを覚える。


 五分ほど歩いてようやく部室を発見する。表札は文化研究部と印字されているが、ご丁寧にもオカルト研究部と黒地に赤字で書かれたポスターが教室の前に貼られていた為、すぐに分かった。


 緊張しながら中に入ると、杵築目ともう一人、女子生徒が長机に腰掛けていた。


「あ、ええっと……どうも」


 杵築目は僕に気まずそうに愛想笑いをする。そういえば、彼に自己紹介をした記憶が無い。


「一年六組の林田裕司です」


 僕が自己紹介しつつ教室に入ると、二人が読んでいた書物が目に入る。あろうかとか、礼の日記だった。


「君が杵築目の言っていた同級生か。このノートの持ち主と面識があるんだって?」


 女子生徒は立ち上がって僕を手招きする。僕は「はぁ、まあ」と曖昧な返事をしてしまう。


 何とも気の強そうな女子生徒だった。髪はベリーショートで釣り目。うちの学校は女子はスカートが一般的だが、ズボンを履いている。声色は堂々としていて、男勝りな勝気な性格を感じさせた。


「私の名前は前田だ。実は彼からこの日記を君に返すという話を聞いてな。興味があったから、返す前にと一読させてもらったよ。おっと、君は杵築目君と教室で待ち合わせをしていたんだったね。彼を悪く思わないでくれ、私が強制連行したんだ」


「はぁ」


 捲し立てるように言われて、僕は何と反応して良いか分からなくなる。


「前田先輩。困ってるみたいですよ」


「ふむ。私は何か彼を困らせるような事を言っただろうか?」


「あっ、いや、お気になさらず……」


 僕がそう言うと、前田先輩はニヤリと悪そうな笑みを浮かべる。


「それではお言葉に甘えて気にしない事にする。ところで、この日記は一体どういうものなんだね? 君の友人とやらが書いたのかい?」


「ええっと、それは……」


 僕が言い訳をかんがえていると、前田先輩は言葉を続ける。


「まあ良いよ。これは君に返してあげよう」


 彼女は日記を僕に手渡す。


「それで、これについてだが……」


「あっ、すいません。ちょっと人を待たせているので、これで失礼します!」


 僕は良い言い訳を思いついたと心の中で思いつつ、頭を下げて部室を後にする。


「あっ、君。待ちたまえ」


 前田先輩は制しするが、既に僕は扉をぴしゃりと締め、自分の教室へ向けて歩き始めていた。幸い、後ろから追って来るような真似はされていない。


 安堵しつつも、僕は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。これで杵築目も前田先輩もギシガシのターゲットにされてしまった。


 一刻も早く、日記の部屋を見つけるかギシガシを倒す手筈を整えるかしなければ。そう思いつつも、少しだけ自分が犠牲になる可能性が下がったという安堵感も覚えてしまう。


「ただいま」


 僕が教室に戻ると、そこには思いがけない三人組が残っていた。


 四季さんとキョウは僕を待っていたのだから分かる。しかし、その二人と険悪そうな表情で睨み合っているのは、サクラさんだった。


「ユウ君。今日は私もその廃墟に行くわ」


 彼女は僕の方を見ると睨みを利かせたまま、そう口走った。

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