第27話
昼休み。僕はジンと共に杵築目の元を訪ねるべく別のクラスへと足を延ばしていた。
「おう、山ちゃん。ちょっと杵築目呼んでくれないか」
ジンが教室に着くなり、顔見知りを見つけて声を掛ける。見るからに軽音部の仲間と思わしき山ちゃんは二言三言と言葉を交わし、僕らの元から離れて一人の生徒の元へと行く。
「こいつが杵築目だ」
山ちゃんに紹介された男子生徒を一目見て、ああ、こいつはキョウの同類だという印象を受ける。洒落っけは無く、髪もぼさぼさ。だがギークやオタクといった印象は受けず、世間とは距離を置いているがどこかインテリの雰囲気を漂わせている。
「何っすか?」
杵築目は警戒した様子で僕ら二人を値踏みする。あまりいい気分ではないが、ジンはそんな事を気に留める様子もなく、杵築目に肩を組む。
「そんな緊張するなよなぁ。俺たちさ、ちょっと聞きたい事があるんだよ」
杵築目は心底嫌そうな顔をする。そもそも彼とジンでは文化圏が違いすぎるように思う。
「ごめんね。多々良摩耶って子、覚えてる? 同じ中学だったと思うんだけど」
「ああ、多々良さん?」
「おっ、そりゃ分かるか! マヤちゃん可愛いもんな」
「あっ、いえ。珍しい苗字だったので覚えているだけです」
ジンの軽口は軽くいなされる。そろそろ杵築目も辟易し始めているので、この後に本題を控えている僕としては、そろそろジンの馴れ馴れしいノリもやめて頂きたいと思い始めていた。
「僕達マヤちゃんと週末に遊びに行く約束をしていたんだけど、最近学校に来てなくてさ。連絡しても返事無いし、心配してるんだよね。それで、もし家とか知ってたら教えて欲しいなと思って」
「ああ、すいません。多々良さんとは同じ中学ですけど、家までは……」
僕は予想通りの答えに肩をすくめる。しかし、ジンは諦めない。
「そうかー。じゃあ、マヤちゃんの家を知ってそうなヤツに心当たりない?」
「うーん」
杵築目は心底嫌そうに顔をしかめる。ジンもあまり期待はしていないだろうに、殺生な事をすると思う。
「すいません、中学時代はあんまり友達とか居なかったので……」
どうも杵築目は誤り癖があるらしい。同級生に対しても敬語だしらあまり社交的でも無い。中学時代の友好関係が皆無でも不思議ではないだろう。
「ねえ、ちょっと別の話なんだけどさ、うちのクラスの倉田って女子から変なノートを預かってたりしない?」
僕が訊ねると、ジンはムッとしたように僕を睨む。後で言い訳を考えておかなければ。
「ああ、アレですか。預かったというよりは、無理やり押し付けられたら感じですけど」
「押し付けられたら?」
「はい。千円で買い取れって……」
僕は心底、杵築目に同情する。倉田からカツ上げ紛いの目に合わせれては、更に呪いの日記を押し付けられて。この様子では、日常的に倉田のカモにされているのかもしれない。
唯一の救いは、その倉田自身も日記を読んでいるということだ。彼女のようなヤツのもとにこそギシガシが行ってくれれば良いのに。
「それで、今そのノートはどこにあるの?」
一刻も早く日記を回収しなければ。その一心で訊ねる。
「部室に置いていますけど……」
「悪いんだけど、それ返してくれないかな。もともと僕の友達が持っていたものなんだ。千円で買い戻すから、お願い!」
僕が必死に頼むため、杵築目もジンも戸惑った様子だった。
「まあ、構いませんけど……ただ、部室には放課後にならないと入れませんよ。先輩が鍵持ってますから」
「うん、分かった。じゃあ、授業終わりにまた来るね」
僕の話も終わった為、ジンは杵築目を解放する。二人で教室を後にしようとしたときに、ふと大切な質問を思い出す。
「あのノートの中って読んじゃった?」
「あっ、いえ。まだ読んでないですけど……」
「絶対に読まないでね」
僕は杵築目にくぎを差してその場を後にする。
「なあ、ユウ。お前も随分と四季に入れ込んでるみたいじゃねぇか」
自分たちの教室に戻る途中、ジンは僕に言う。怒っているというよりは、呆れている様子だった。
「入れ込んでいるって訳じゃないけど……でもほら、もしも日記の力が本物だったときに、後悔したく無いじゃん」
奇っ怪な存在を目の当たりにした僕は、あの日記に関わる件では何があってもおかしくないと考えている。日記の呪いについても、可能性は充分高いと思っているが、ジンにその理由を説明する言葉を持たないことが歯がゆい。
「あんまり深入りするんじゃねえぞ。そのうち変なツボとか買わさせられるかも知れねえからな」
それでも、ジンは僕とキョウの事を心配してくれているのだ。決して利口とは言い難い友人だが、ジンは間違いなくいいヤツだ。
そんないいヤツがギシガシに連れ去られること無いよう、何とかしなければならない。僕は決意を新たに、今自分が出来ることを考えていた。
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