第26話


 授業の合間の休み時間。僕は倉田が西成田さんから離れた隙を狙って声を掛ける。


「西成田さん、ちょっと良い?」


「……?」


 彼女は大きな目をパチリと瞬かせ僕を見る。驚かせてしまったのだろうか?


「あの日記の事なんだけど……今どこにあるか分かる?」


「あの変なヤツ? 葵がオカ研の杵築目君にあげたって言ってたけど、もうどうでもいいんじゃなかったっけ?」


 杵築目という思わぬ名前が挙がる。マヤちゃんと同じ中学だった、あの杵築目だろう。


「ありがとう。……西成田さんもあの日記読んだ?」


「読んだよ、ちょっとだけ」


 僕は何とも言えない悔しい気持ちで西成田さんを見る。四季さんの話では、少しだけでも目を通してしまえば、ギシガシの標的になるはずだ。そもそも、岡田が今日学校に来ていない時点で、西成田さんも手後れだとは薄々感づいてはいた。


「どうしたん? やっぱ、あのノートってヤバい?」


 僕の様子が不自然だったのか、西成田さんは心配そうに言う。しかし、彼女もこんな訳の分からない話に関わらせるつもりはない。


「いや、何でもないよ。ほら、キョウの気まぐれで、急に取り返してこいって言われてさ。困ったものだよ」


 出任せの言い訳で取り繕うが、それでも怪訝そうな西成田さんをどうしたものかと思案する。しかし、教室の入り口を見ると、倉田がお手洗いから戻ってきていた。


「ごめん、ありがとうね」


 西成田さんも倉田の姿を認めると、頷いて僕を解放してくれる。彼女は倉田と仲がよいが、僕とは極力関わらない方が良いと考えてくれているらしい。


 僕はそのまま、ジンの元へと向かう。


「ねえ、ジン。昼休みに一緒に杵築目のところに行かない?」


「あっ? 別に構わないが、ユウは四季の方に付いたんじゃねえのか?」


 突然声を掛けられて驚いた様子でジンは言う。


「別についたとか、つかなかったとかじゃないよ。四季さんやキョウには気が済むまで付き合うし、でもマヤちゃんは心配だから出来ることをやりたいんだ」


 どっちつかずのコウモリ人間だと思われるのも嫌だが、ジンやサクラさんとの関係は維持しておきたい。うまく伝わっているか分からないが、僕は四季さんの手伝いはするがジンの味方でもあるという事が言いたいのだ。そもそも、四季さんと敵対している訳ではないのだから、気にする必要も無いのだが。


「まあ、別に一緒に行くのはいいけどよ……」


 ジンが共に杵築目の所へ行ってくれる事になり、僕は心の中でガッツポーズをする。僕は決して社交的な方ではないのだ。初対面の相手と何かしらの交渉をしなければならない時、ジンのようなコミュ力オバケのような奴が一緒に居てくれると安心できる。


「ありがとう。じゃあ、また昼休みね」


「あー、ちょっと待て」


 その場を去ろうとする僕をジンが引き留める。


「一体何があった?」


 何があったかと聞かれても、ここ最近は色々な事がありすぎてどれの事を聞かれているのか分からない。


 僕が困っていると、ジンは言葉を続ける。


「キョウのヤツだよ。昨日話した時にはアイツだって四季の話をまともに取り合ってなかったと思ったんだがな。俺たちが部活やってる間に何があったんだ?」


「ああ、えっとー……」


 どう説明すれば良いか分からず、口ごもる。ジンは僕が説明をするまで席に戻す気は無い様子だし、授業の始まりにも後数分ある。


「昨日、四季さんの案内で日記の書き手が居たらしい廃墟に行って来たんだ。そこで不思議なものを見て……」


 悩んだ末、僕は正直に話すことにした。

 

「不思議なものって何だ?」


「そう、幽霊を見た。って言ったら笑う?」


 厳密には地縛霊だし、そもそも僕が今までイメージしていた幽霊とは随分かけ離れた姿だったが、今は説明を簡略にするために幽霊という言葉を選ぶ。


「幽霊だとぉ!?」


 ジンは信じられないといった様子で語気を強める。それは幽霊を見た事に対してでは無くて、幽霊の存在にキョウが影響を受けた事に対しての驚きなのだろう。


「そんなの何かのトリックだろ。俺でもテレビで見た事があるから分かるぞ。よりにもよって、どうしてキョウともあろう者が……」


「うん……でもキョウが信じるぐらいだから、きっと仕掛けとかは無いんだと思う」


 現に僕はあの怪物に殺されかけたのだ。とても種や仕掛けが有ったように思えない。しかし、それをどれだけ言葉を尽くして説明したところで、ジンからの信用は得られるどころか下がる一方だろう。


 ジンが何かを言おうと口を開きかけた時、その動作を阻止するように授業開始のチャイムが鳴る。教室中に散らばる生徒たちが、一斉に自分の席へと戻り始める。


「じゃ、また後で」


 ジンの視線は冷たいままだったが、僕は助かったという心持で自分の席へと戻る。とりあえずは、昼休みに杵築目という人物に会う時に、一体どう日記の話を切り出そうか。それを考えるのが、この先の授業中に僕がやるべき仕事だった。

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