第24話


 四季さんと深緑第一中学に行った日の夜。僕は寝付けずにいた。


 まだ完全に四季さんの話を信じたわけではない。だが、もしかすると、という気持ちに絡め取られ、心臓がバクバクと音を立てる。


 ギシガシが来るかもしれない。その恐怖が僕の眠りを妨げていた。


 体はへとへとに疲れている。思いがけずに遠出をして、長い距離を歩かされたのもあるが、やはり地縛霊に襲われた事が大きかった。足の痛みはもう無いが、明日は筋肉痛に悶え苦しむ事が予想された。


 だというのに、一向に眠気がやってこない。いや、眠気はあるのかもしれないが、頭がギンギンに冴えて眠りに落ちる事を許さない。


 部屋の外から聞こえる環境音、車が通ったと思われるライトの光。普段ならば気にすることのない、些細な物事に対し、神経質になってしまう。ああ、こんな事ならば、ギシガシがどんな時間帯にどうやって現れるのかを聞いておけばよかった。


 時折、浅い眠りにまどろむ事はある。しかし、まだ見ぬギシガシの姿を夢に見て飛び起きる。


キョウも同じような恐怖を味わっているのだろうか。四季さんはこの恐怖をどう克服しているのだろうか。


 そんな事を考えているうちに、東側に面した僕の部屋の窓から光が差し込み始める。どうやら今夜は助かったらしい。僕はそれから少しだけ眠り、そして起きて学校に向かう。


 登校する最中は、また別の恐怖が沸き上がる。昨夜は誰の元にギシガシがやって来たのだろうか。それはもしかすると仲の良い誰かかもしれない。


 教室に入ると、キョウとサクラさんの姿を見つけ、まずは胸を撫でおろす。一応四季さんも無事らしい。


「……おはよう」


「おう。どうした、眠れなかったのか?」


 キョウに声を掛ける。彼は僕と違い、いかにも快調といった様子だ。昨日あんなことがあったというのに、一体どういう神経をしているのだろうか。


「うん。キョウは怖くなかった?」


「……ギシガシが来るかもしれないって話か? じたばたしたところで、今は対抗手段が無いんだ。ちゃんと寝て英気を養い、やるべきことを出来るようにしておいた方がいいだろ」


 まったくもって図太い神経だと、思わず苦笑してしまう。キョウらしいと言えばキョウらしいのだが、一体何食べてればここまでの合理的な考えを出来るようになるのだろうか。


 僕らが会話しているのを見て、サクラさんが寄って来る。意外な事に、彼女も泣きはらしたように目の下を赤く染めていた。


「おはよう。マヤちゃんの話って何か聞いてたりしない?」


 なるほどと僕は一人合点する。彼女はギシガシへの恐怖から精神が不安定になったのではなく、もっと現実的な問題、つまりマヤちゃんが行方不明である事が心配だったのだ。


「いや……ただ、ちょっと気になる事が……」


 僕はしどろもどろになりながら、昨日の話をどう説明したものかと思案する。


「四季静の話は本当かもしれない」


 考えがまとまる前に、キョウがサクラさんに言い放つ。何の計画も無い、ストレートな物言いだ。


「えっ?」


「だから、四季静の言っていた日記の力は本物で、多々良摩耶は日記を読んだせいでギシガシに連れ去られた可能性が高い」


 サクラさんは、キョウの言ったことが受け入れられず、困惑気味だ。彼女は昨日、途中まで四季さんの話を聞いていた。その荒唐無稽な話を、友人が信じてしまったのだ。よりにもよって、僕らの中で最も聡いキョウの口からそんな言葉が出てきたのだ。僕も昨日の地縛霊の一件が無ければ、キョウが突然おかしくなってしまったと感じていたかもしれない。


「ねえ、ユウ君。キョウはどうしちゃったの?」


「ああ、えっと……」


 間の悪い事に、四季さんが僕らの席に近寄ってきた。きっと今後の事について話をしようと思っていたのだろう。


 サクラさんは四季さんを睨みつける。


「ねえ、一体何を吹き込んだの?」


「あら、東郷さん。あなたも私たちの仲間になって頂けるかしら?」


 四季さんは挑発するようにサクラさんに言う。本当に仲間にしたいと思っての言動というよりは、あなたの友達は私の仲間になったんだぞとマウントを取るような仕草に思えた。


「多々良摩耶を助けるには、とある廃墟にある日記に書かれていた部屋を見つける必要がある。俺とユウは四季静と共に、その部屋を探す事にした。東郷桜、お前も協力してくれないか?」


 僕らを見るサクラさんの視線が痛々しく思う。四季さんへと向けられていた敵意が、僕とキョウにも向けられているのをヒリヒリと感じる。


「本気で言ってるの?」


 彼女は僕を見て言う。この三人の中では、最も発言の少なかった僕がまともな人間だと思っての事だろうか。


「えーっと……これには訳が……」


「ふーん。バカバカしい」


 僕の言い訳を聞くことはなく、サクラさんは自分の席へと戻って行ってしまった。

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