第23話


「そういえば、日記の部屋ってのは本当にあの建物の中にあるのか?」


 行きよりは人の数が増えた車両の中でキョウが四季さんに尋ねる。太陽は山間に落ちかけ、世界を朱色に染め上げていた。


「あら、どうしてそんな事を気にするのかしら? まだ私の事が信用ならない?」


「お前の話はある程度信じる事にしたが、信用はしていないぞ? まあ、そんな事はどうでもいいんだがな。……もしもお前たちが何か月もかけてあの建物を調べていたのなら、日記の部屋を既に見つけていてもおかしくないと思ってな。それこそ、地縛霊の妨害があったとはいえ、しらみつぶしに全ての部屋を確認するには十分な時間があったはずだ」


「ああ、そういう事ね。ええ、確かに普通に部屋を確認する事はそこまで難しくないわ。でも結果はご察しの通りよ」


 キョウは呆れた様子で肩をすくめる。


「それなら、あの建物には目当ての部屋は無いと見て良いだろう。前提条件が間違っていたんだ、早々に次の手を考えるべきだ」


「いいえ、まだ前提が間違っていたとは言い切れないわ。確かに一通りの部屋は確認し終えたけれど、そこで分かった事があるの。あの建物には無数の隠し部屋が存在していたわ」


 なるほど、という様子でキョウはこめかみを押さえる。


「隠し部屋だと? どうして学校にそんなものが?」


「知らないわよ。研究施設だった時の名残じゃないかしら? 不自然に部屋と部屋の間が空いている壁の板を剥がしたら扉が出てきたり、教室の黒板の裏に別の部屋に通じる通路があったりね。場所によっては巧妙に隠されている所もあるけれど、別の部屋にあった資料からヒントを得られたりしたわ」


「まるでゲームだな。しかし、お前が仲間を募っている理由は理解できた。確かにそれならば、人手が多いに越したことはないな」


 話を聞きながら僕は暗鬱とした気分になる。僕らは、危険な地縛霊が徘徊する廃墟を巡り、隠し部屋のヒントを探して見つけ出さなければならないのか。


「そういえば、あの日記は何処に行ったの? 倉田さんたちに取られたところまでは私も見ていたけれど。あの日記を読んだ人は私たちの仲間になるのだから、今の所在を把握しておきたいのだけれど」


 僕は四季さんが“私たち”と表現した事に微妙な感情が沸き上がる。確かに協力関係を結んだ事は間違いないのだが、いざ仲間だと言われると複雑な気分だ。


「ごめん、分からないんだ。西成田さんが言うには、もう誰かにあげちゃったって……」


「あら、そうなの。誰の手に渡ったのか聞いてもらってもいいかしら?」


 僕は渋々ながら頷く。西成田さんには、もうあの日記の事はどうでも良いと伝えてしまった手前、再びその所在を尋ねる真似はどうにも気が引ける。


 だが、もしも日記の力が本物だというのなら、あの日記が出回る事はそれだけ危険に晒される人が増える事になる。僕は日記の所在を確認し回収して、これ以上僕らのような状態に陥る人が増える事を阻止しなければと考えていた。


「倉田達も仲間に引き入れるつもりなのか?」


「ええもちろん」


 四季さんはキョウの問いに即答する。


「俺は反対だ」


「それは彼女たちの性格を考えての事かしら?」


「それもある。だが、俺は他の連中も同じだ。これ以上、仲間を増やす必要は無い。というか、できないと考えている」


「どうして?」


「お前は俺たちにやったように、何人かを引き連れてあの廃墟に行き、地縛霊を見せて仲間に引き入れる事を考えているんだろう? だが、考えても見ろ。他の連中がわざわざここまで足を運ぶと思うか?」


 確かに、今回はキョウが行くと言ったから僕もついて行ったのだ。そうでなければ、彼女のオカルト話に乗って何十分もかけて電車に乗り、あれだけの距離を歩いて廃墟に行こうなどとは考えなかっただろう。廃墟巡りに行こうと言われた方が、まだ可能性がある。


「それはあなたの口添えがあれば……」


「俺は絶対君主でも何でもないぞ。むしろ、仲間内の中では俺の決定権は低い方だ。何度も誘いを断っているのに、執拗に週末に予定をねじ込まれそうになっているぐらいだからな」


 僕は苦笑しつつ「確かに」と同意を示す。もっとも、マヤちゃんが姿を消した以上、その週末の予定も霧散してしまう事が予想できたが。


「それでも、他の日記を読んだ人達には声を掛けて頂戴。三人だけでは、隠し部屋を一つ見つけるだけでも相当な時間がかかってしまうわ。あまりゆっくりしていると、私達もギシガシに連れ去られてしまうのだから。それに、時間が経てば経つだけ、犠牲者が増える。つまり、私の話を信じてくれる人が増えるという事よ」


 四季さんの言い分は理解できる。しかし、彼女は僕たちの人間関係よりも日記の部屋の捜索を優先させたいらしい。


 当然といえば当然だろう。なにせ命がけなのだから。キョウは彼女の言葉に答えることなく目をつむった。

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