第22話


「なあ、俺たちが外に出た瞬間に地縛霊のヤツが消えたみたいだが、アレは一体どういう理屈なんだ?」


 駅のホームでキョウは四季さんに様々な質問を畳みかけていた。おしゃべりな雑学王であるキョウはマシンガントークが常なので、聞き手に回るのを見るのは新鮮だ。


 対して僕は九死に一生を得た足を引きずってこの駅まで帰って来たのだ。幸いなことに、折れていたり捻挫している感覚は無かったが、ただただ疲労が蓄積していた。必然的に口数は少なく、二人の会話を聞くだけで精一杯だ。


「地縛霊はあの建物の中でしか存在できないの。そして、認識する人間が建物の中に居ないと現れることはない。つまり、誰も建物の中に居なくなったから消えたってことね」


「一度消えたら、再び現れるまでには時間がかかる。それをお前は知っていたから、あの時すぐさま教室に戻った。そういうことなんだな」


 キョウは納得したように頷く。つまり、地縛霊に襲われたら、まず外に出れば安全。そして危険なやつが現れたら、全員が建物の外に出れば良いのか。


「ただし、一体だけ例外がいるから気をつけて」


「例外? なんだそれは」


「……ギシガシよ」


 日記に登場した名前を突然告げられ、僕とキョウは面食らう。


「正確には私達がギシガシと呼んでいるだけで、本当にそれが日記に出てきたギシガシと同一の存在なのかは分からない。ただ、日記を読んだ人の前に現れるアレは、日記の記述と酷似している。その姿も特性もね」


「そうか、そいつも地縛霊の一種と考えるならば、例外的に建物の外に出られるということか」


 ギシガシは日記を読んだ人を連れ去りに現れるという。地縛霊のルールが適応されるなら、あの廃校舎の中から出て来れないハズだ。


「……もしも本当にギシガシが地縛霊の一種だと考えるならば、対抗手段は部屋を探すことだけではないかもしれないな」


 キョウが思いがけない事を言うのはいつものことだ。そして、その多くは正しい。それを知らない四季さんは、諦めの表情を浮かべながらも、手を差し出すジェスチャーで話の先を促し、一応聞こうという姿勢を見せる。


「さっきの地縛霊はユウを掴んでいただろ。いや掴むだけなら本人の勘違いの可能性もあるが、ヤツはユウの身体を室内に引きずり込もうとした。つまり、物理的に干渉してきたって事だ」


「物理法則が通用するなら、物理的に破壊すれば良いってことだね」


 僕はキョウに先んじて答えを言う。しかし、四季さんは首を振る。


「残念だけれど、それはもう試したわ。まだ大人数の協力者が居たときにね」


「試したといっても、精々バッドなんかの鈍器で叩いたりするぐらいだろう? それか、爆薬だとか、重火器なんかを既に試したりしていたのか?」


「まさか。そんなものを用意できる訳が無いわ。それとも、アナタならそれが可能なのかしら?」


 キョウは苦笑しながら首を振る。


「いや、流石に俺でもそんなものを日本で用意する方法は思いつかない。だが、どんな荒唐無稽なアイデアでもとりあえずは言ってみる物だ。中には思いもよらない方法で実現が可能な場合もある」


「ブレーンストーミングってヤツだね」


 僕はかつてキョウから聞いた、アイデアを出す際に有効だとされている議論の手法を口にする。とりあえず思った事を言い合って、相手の言った事を否定せずに議論を続ける方法だ。キョウは僕の言葉にうなずいて見せた。


「今言った爆薬や重火器だって、あくまで日本では入手ができないだけで、海外なら手に入る可能性もある。そのギシガシってのが、海外まで追って来るのかどうかは知らないが、どこかの国で重火器を入手してギシガシがやって来るのを待ち伏せるというのは、完全に不可能とは言い難いアイデアじゃないか?」


「……無理よ。私たちだけでは、海外で武器を手に入れる事はできないわ。仮に手に入れられたとしても、ギシガシには物理的な攻撃は効かない。これはギシガシだけじゃなくて、地縛霊全般に言える事よ」


「俺からすると、自分で試すまではその前提を疑ってかかるがな。そのギシガシと地縛霊が似たような存在ならば、まずは地縛霊に有効な攻撃方法があるかどうかを探る。そのついで程度に、日記に書かれていた部屋を探してやろうと思う」


 キョウの言葉を遮るように、電車がホームへとやって来る。重々しい鉄の塊が目の前を軽々と動くのは、やはり死が目の前をよぎって行くような感覚だ。


 電車に乗り込みつつ、キョウが示した今後の方針について僕は心の中で同意する。しかし、問題は売り飛ばしたいほど大量にあった。その中でも最も僕の心に重くのしかかるのは二つ。


 一つは四季さんとの協力を他の皆にどう伝えたものか、という事だ。皆の四季さんに対する好感度は非常に低い。彼女の言葉を信じて味方をするとなると、言葉一つ誤れば僕らの関係にも亀裂が走る恐れがある。


 そしてもう一つは、四季さんの言葉が確かならば、今夜も誰かが犠牲になる可能性がある、という事だった。

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