第19話


「地縛霊だって? バカバカしい。本当に幽霊が出て来るとは思わなかったぜ」


「あら、それなら何だったら納得したのかしら? 私は初めから超常的な存在だと言って来たはずよ」


 キョウは肩をすくめる。


「第一何だよ、その実験ってのは」


「日記に書いてあった通りよ。この場所では超常的な力を兵器転用できないかという実験が行われていたの。幽体離脱をして離れた場所から情報を持ち帰ってきたり、呪いや超能力で誰かを傷つけたり殺したりね。結局そのほとんどは上手くいかなかったけれども、被験者たちはその力の一端を手にしてしまい、結果として魂がこの場所に残り続ける事になってしまった。これを地縛霊と呼ばずに何と呼べばいいのかしら?」


 キョウは困ったような顔で頭を悩ましている。僕は日記にそんな事が書いてあったかうろ覚えだ。そもそもちゃんと読んでいない訳だし、キョウがページをめくるのが早くて一部読み飛ばしてしまっていたし。


「ええ、あなた達の言いたいことは分かるわ。私だって実物を見るまでは、頭のねじの外れた人の世迷い言だと思っていたもの。だから私はここに来るまで、この場所の怪異の話をしなかったの。分かるでしょ?」


 彼女の言い分は分かる。だが補足をするならば、今もなお彼女の言葉が頭のねじの外れた人の世迷言だと認識している。地縛霊どころか、霊と名のつくものは現実に存在せず、日との認識の中にだけあるものだ。僕達が死んだ人の墓参りを欠かさないのは、死んだ人の為ではなく今を生きる自分自身の為である。キョウの受け売りだが、僕はこの考え方が霊との距離感として最も納得できたものだし、そうあるべきだと信じている。


「それで、その地縛霊とやらはどこに居るんだ?」


 これは呆れから来るキョウの言葉だった。しかし、四季さんは堪えた様子もなく答える。


「この廃墟を散策していればすぐに会えるわ。さっそく行きましょう」


 僕とキョウは顔を見合わせて、どうしたものかと思案する。素直に彼女に付いて行って良いものか、どこかで仲間が待ち伏せして襲われたりしないだろうか。


「どうしたの? 今更怖じ気づいた?」


 数歩先を行く四季さんが、僕らを挑発するように言う。


「……チッ。ここまで来て、何も分からず仕舞いで帰れるかよ」


 どうやらキョウはこの奥に踏み入れるつもりでいるらしい。彼を一人で行かせる訳にはいかないので、必然的に僕も共に行くことにする。


 四季さんは満足げに頷くと、昇降口から廊下へと進む。古い建物特有の、木材が腐ったような匂いが鼻を突く。外壁はコンクリートのように見受けられたが、内装には木材が使われており、足元は慎重に歩かなければ踏み抜いてしまいそうな木張りの床だった。


 外から見たときは、まるで牢屋のような重々しい印象を抱いた建物だが、中に入ってみるとその印象は薄れていた。


 木造の誂えは崩れかけながらも原型を維持し、古いものに対して感じる趣を覚える。そもそも外は真昼なのだ。太陽の光が室内に差し込み、陰と明のコントラストを生み出していた。


 確かにこの場所は廃墟ではある。それに間違いはないのだが、薄暗くじめじめとして、この世ならざる存在……幽霊や妖怪が姿を現しそうな、お化け屋敷のような廃墟ではなかった。むしろこの場所は、荘厳な場所だとすら感じてしまう。


「ねえ、本当に地縛霊なんて出て来るの? 何だか、そういうのが居そうな場所には思えないんだけど」


 四季さんは返事を返さない。黙って付いて来いという事だろうか。ギィギィと床を軋ませながら、僕らは彼女について廊下を行く。


 突然、四季さんはその足を止める。


「……左の教室。あんまりじろじろ見ないで、横目で少し確認する程度にして。歩みも止めないでね。声を出すのも厳禁よ」


 彼女はそう言って再び歩き始める。先ほどまでのお道化た様子とは違う、どこか緊迫した声に気圧されて、僕らは言われた通りに歩く。


 目線を左に向けて、扉の外された教室の中を見る。その中に居た存在を認識した瞬間、思わず声が漏れそうになる。


 そこには人型の何かが居た。手足があり頭があり、それだけならば僕らと何も変わらないそれは、手足が歪に長く、教室の天井に届くほどの長身だった。特に異常に長い両腕は、骨が無いのかホースのように床でとぐろを巻いていた。


 そんな巨体が、波打つように全身をくねらせて、ゆらゆらと揺れている。まるで現実感の無い、作り物のような存在。半ば新緑に飲まれつつある教室の中にそんなものが揺らめいているのだから、何かのCG映像でも見せられているかのようだ。


 僕は四季さんに言われた通り、極力意識を教室の中に向けないように通り過ぎようとする。そんな僕とは正反対の性格であるキョウが、おとなしく四季さんの言いつけを守るはずが無かった。


「あつ、バカ!」


 僕が声を上げた時にはもう遅かった。キョウは言いつけを破り、教室へと足を踏み入れてしまっていた。

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