第18話
「着いたわ。ここで降りるわよ」
気まずい雰囲気の中、四季さんの言葉でキョウが目を覚ます。彼は短く「ああ」と返事を返し、僕と四季さんと共に電車を降りた。
駅の周辺は簡素なものだった。ロータリーと呼べる敷地は無く、駅から出るとすぐに道路となっていた。一応バス停は有ったが、見ると一日のうち朝に三回、夜に四回の計七便しかバスは出ていないらしい。
周囲に住宅が点在しているが、視界に入るほとんどは手入れのされていない空き地だった。伸びきった雑草が青々と広がっている様は、正しく田舎と呼ぶにふさわしい光景だ。こんな所に本当に中学校があるのかと疑問に思うが、廃校になったのだから確かに存続できなかったのだろう。
「ここから少し歩くわよ」
僕とキョウは顔を見合わせて、彼女に少し待つよう言って自販機で飲み物を購入した。この様子では道すがらにコンビニなんて気の利いた物があるとは思えない。炎天下とまではいかないまでも、初夏の田舎道を飲み物なしに何十分も歩けば、脱水症状に陥ってしまいそうだ。
「お前は買わないのか?」
キョウが気を聞かせて尋ねると、彼女は鞄を少し開け水筒をちらりと見せて仕舞う。
「それじゃあ行くわよ」
先導する四季さんについて、コンクリートの道を行く。あまり整備されていないのか、歩道の隅の方はひび割れ、植物が芽吹いている。
そんな道も段々と細くなり、車道は無くなり、しまいにはコンクリートですらなくなってしまう。土を踏み固めた道を行くと、周囲の緑も主張を強めていき、いつの間にやら木々に囲まれた道に入り込んでいた。
「なあ、本当にこの先に学校があるの?」
僕は不安に駆られ、四季さんに尋ねる。
「あくまでも元中学校よ。今は機能していないのだから、こんな誰も近寄らなさそうな場所に有ってもおかしくないでしょう」
「あー、それもそうか」
そう言えば、学校になる前は何かの研究施設だったような事も言っていたか。そんな場所を改装して学校にする神経は理解できないが、国有の土地なのだから公的な施設に流用されるという理屈は通用する。それにしても、こんな所にある中学校に通わなければならなかった生徒達には同情してしまう。
しばらく行くと、木々が消え巨大な建物が見えてきた。灰色の外壁に割れたガラス窓。いかにも廃墟という佇まいだが、それが元々学校であったと言われれば理解のできる建造物だ。
「着いたわ。ここよ」
四季さんは汗一つかいた様子もなく、涼しい顔で言う。僕とキョウは手にしたペットボトルは既に底をついているというのに、彼女は一度も水筒に手を付けなかったように思う。本当に同じ人間なのだろうか。
彼女は慣れた足取りで正門に近づく。バリケードと言った進路を阻むものは無く、唯一の障害は足元にまとわりつく雑草だけだった。
「これって不法侵入だよね?」
いくら廃墟になっているとはいえ、元中学校という事は、この場所は国が管理しているはずである。そこに無断で立ち入るのは、どう考えても犯罪では無いだろうか。
「今更だろう。嫌ならそこで待ってろよ」
逡巡する僕とは対照的に、キョウはスタスタと四季さんについて行く。ここまで来て僕だけ蚊帳の外というのも嫌なので、渋々ながら二人について僕も校舎へと向かう。
昇降口の扉は鍵が掛かっていないどころか、扉そのものが無くなっていた。割れたガラスが散乱しているのは理解できるが、格子が丸々外されて脇に積み上げられている。もしかすると、過去に例の部屋を探しに来ていた人たちが、邪魔だからと取り外してしまったのかもしれない。これも廃墟とはいえ、立派な器物損壊だ。
中に入ると、土足で踏み荒らされた床に土の山のようなものが出来ている事に気づく。キョウもそれが気になったらしく、近寄って屈みこんだ。
「これは獣の糞だな。猪でも住んでいるのかもしれない。呪いよりもよっぽど現実的な脅威だな」
「あら、そうなの? 私が知る限りでは、動物に襲われたり見たりしたって話は聞いた事が無いわ。でもそうね、用心に越したことはない。これからは気を付けるわ」
そう言って四季さんは僕たちの前に立ち、気取った仕草で両手を広げる。
「ようこそ深緑第一中学へ。これから私が言う事をよく聞いて頂戴」
「いきなりどうした。拍手でもすれば良いのか?」
「茶化さないで。まず一つ。私から絶対に離れない事。この場所では単独行動は禁止よ。次に、何を見ても絶対に声を上げない事。これからあなた達は今までの常識を覆す存在を目の当たりにするけれど、それは何かしらのリアクションを返す事で襲ってくる事があるわ。だから声を上げたり、怖がったり、目を逸らしたりしない事。真っ直ぐにそれを見つめ返して、その場を動かずじっとしていれば、いずれ飽きてどこかへ消えていくわ」
「来る途中からよく言っていたが、その常識を覆す存在ってのは何だよ。勿体付けずに教えろよ」
「この場所で行われていた実験で犠牲になった人たち。超常的な力の研究の被験者だった彼らは、その影響からか死後も魂がこの場所に留まり続けている。私たちは彼らの事をこう呼んでいるわ」
地縛霊。彼女がその言葉を告げた時、どこからか冷たい風が吹いたような気がした。
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