第17話


「それは……ちょっと酷いんじゃないか?」


 僕はキョウがまるで仲間を、四季さんの話の真偽を確かめるためのリトマス試験紙みたいに言い捨てた事に腹を立てる。


「ああ。だから、あの女の妄言がどこまで信用に足りるのか。それを確かめるために、その廃校舎とやらに行くんだよ。誰かが消えちまう前にな」


「そうだね。あと、もしかするとマヤちゃんを助けられるかもしれないし」


「……焦って目の前の簡単な答えに飛びつくと命取りになるぜ。あくまでも四季静の話が本当のことだった、という最悪の事態を想定して、今回は奴の誘いに乗ったんだ。それを忘れるなよ」


「ああ、分かった」


 キョウはこの後どうするのだろうか。もしも四季さんの話が本当だったのなら、その部屋を探すため彼女と協力していくのだろうか。或いは、四季さんの話を嘘だと断じた場合、マヤちゃんの事をどうするのだろうか?


 今考えられる現実的な行動は、マヤちゃんの現状を知るためにマヤちゃんの家を探す事のように思われる。しかし、キョウはその道を選ばず、胡乱な四季さんの誘いに乗って日記の呪いの真偽を確かめに行こうとしている。


 キョウなりに何か日記について思う所があるのだろうか?


 僕たちは無言のまま駅に向かう道を行く。ついこの前まで寒さに凍えながら登下校していた記憶があるのだが、今では少し歩いただけでじんわりと汗ばんでしまう。寒暖差が激しすぎて、風邪をひいてしまいそうだ。


 駅に辿り着くと、四季さんは僕の帰り道とは逆方向、つまりキョウの帰路の方向の路線へと向かう。僕たちは黙ってそれについて行く。定期券の範囲外である事が確定した僕は、余計な出費に心と懐が痛む。電車賃も往復で考えれば、バカにならない値段だ。


「ねえ、四季さん。今更なんだけど、どうして四季さんは僕たちをその廃校舎に連れて行きたいの?」


 駅のホームで電車を待っている間に、僕は四季さんに尋ねる。ただ無言のまま待つ事に気まずさを覚えての事だった。彼女は生気の無い白い顔でほほ笑み、短く答える。


「行けば分かるわ」


 何とも素っ気ないうえに中身のない答えだ。わざわざ身銭を切ってついて行く僕は少し腹を立てて食い下がる。


「行けば分かるって、何が分かるのさ。その場所で目的の部屋っていうのは見つけられていないんでしょう? つまりそれ以外で何かがあるって事だと思ってるんだけど」


「ええ、そうね。でもそれを口で説明したところで、アナタに鼻で笑われて終わってしまうわ。だから実際に目で見て貰わないといけないの」


 隣で話を聞いていたキョウが鼻で笑う。説明される前から鼻で笑われているではないか。


「じゃあ、聞き方を変えるよ。これから行く場所に危険は無いの?」


 呪いだとか荒唐無稽な話だと思っているが、現にマヤちゃんが行方不明になっているのだ。仮に呪いなんてものが無かったとしても、危険が待ち受けている事を警戒してしまう。


「危険はない、と言ったら嘘になるわね。老朽化した建物だから、天井の張り板が落ちてきたり、床が抜けてしまう可能性もゼロではない。それに、色々と危ない存在が居る事もあるわ。それを直に見て貰おうと思って連れてきてるのだけれど」


「なんだ、幽霊でも出るって言うのか?」


「それは着いてからのお楽しみね。安心して頂戴、私の言う通りにしていれば基本的に安全だから」


 キョウはやれやれと言った様子で肩をすくめる。


「ふん。少し早めの肝試しと洒落込もうってか。楽しくなってきたじゃねぇか」


 心にもない事を言うキョウをしり目に、僕は質問を続ける。


「四季さんがその深緑第一中学に始めて行ったのはどれぐらい前なの?」


「三か月ぐらい前かしら。比較的早い段階で私は部屋の捜索に駆り出されたからね。元々あの日記がうちの高校に持ち込まれたのは、進学してきた生徒によるものだったの。だから、決して経験は長いわけではないけれど、短くもないってところかしら」


 時期についてはおおよそ納得できるものだ。この点に関して嘘は無いだろう。ちょうど電車がホームにやって来たので、僕らはいそいそと乗り込む。


 幸いにして席はがら空きだった。適当な席に腰を掛けながら、僕は質問を続ける。


「つまり、あの日記は中学生の中で回っていたって事?」


「その点に関しては、よく分かっていないの。持ち込んだ生徒の話を聞いた時は、深緑中学が廃校になった時に、転校した生徒を伝って中学校で回っていたものと思ってのだけれど、どうやら高校や大学でも広まった事があるみたい。例のどこまで効果があるかの実験をしていたのは大人だったみたいだし」


「それは何か変じゃない? だって、それだけ色々な所であの日記が出回っていたなら、それだけ行方不明になっている人が居るって事でしょう? それこそ、週刊誌なんかは黙っていないんじゃない?」


「その辺りも詳しくないのだけれど、日記に関係の無い人はあの日記に関する事件に対して関心が薄いように思うの。ほら、今日だって生徒の一人が行方不明になったというのに、午後には皆いつも通りの日常に戻っていったでしょう? 私はこれも日記の力の一つだと考えているわ」


 キョウが呟くように「都合の良い話だな」と言った。僕としては、あの日記の力が本当ならば、メディアで取り上げられないまでも、都市伝説としてネットで出回っていそうなだとも考えていた。


 僕が質問を止めると、電車の車内には静寂が満ちた。正確には、単調な車輪の稼働する音が聞こえているのだが、僕にとっては静寂と同義だ。キョウも押し黙ったまま、目を瞑っている。考え事をしているのか、或いは眠ってしまったのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る