第16話


「なるほどな。お前の魂胆が見えてきたぜ」


 キョウは四季さんを睨みつける。猜疑心と怒りが入り交じったような、なんともキョウらしからぬ感情的な眼だ。


「どういう事かしら?」


「目的は二つあるんだろう。一つは自分が捕まる可能性を下げる事。もしも本当に捕まる人間がランダムならば、狙われる人間が多い方が自分が捕まる可能性が下がる。恐らくお前の前の学校であの日記を広めたヤツも同じことを考えていたんじゃないか?」


 四季さんはその問いにイエスともノーとも答えず、ニヤニヤと笑みを浮かべるだけだった。


「次に仲間づくり。いくら自分が捕まる可能性を下げても、その可能性がゼロになる事は無い。だが、もしもその部屋とやらを見つけられれば、助かる可能性がある。もしかすれば、いなくなった仲間も取り戻す事が出来るかもしれない。その為に自分と同じ切羽詰まった状況の仲間が欲しい。どうやらその部屋を探すには人手がいるみたいだしな。そういう事なんだろう?」


「まるで私の事を分かり切ったかのような物言いね。癪に障るわ。でも正解」


 キョウは舌打ちをする。要は僕たちは彼女の自己保身の為に巻き込まれたという事だろうか。


「そこまで言い切るって事は、私の話を信じてくれたって事でいいのかしら?」


「まさか。ただ、お前の言う事が仮に正しかったと仮定した時の話をしているだけだ。俺はそもそも前提の真偽については懐疑的だ。あまりにも荒唐無稽な話が多すぎるからな」


「今はまだそうでしょうね。でも、これから私の話が真実だと嫌でも思い知る事になるわ」


「そこが唯一の気がかりなんだ。お前の手口は詐欺師と同じだが、今後俺の仲間がギシガシに襲われるとされると予言している。信憑性のために誘拐するという可能性もあるが、そうなるとあまりにも組織的な犯行だし、お前が何かの目的の為に虚言を吐いているとしても、そこまでやる意味が分からない。もっと良い方法はいくらでもあるからな」


 キョウの言っている事はもっともらしいが、僕は反対の意見だった。その理屈はあくまでも全ての人間が合理的な行動を取る事が前提だ。実際は違う。囚人のジレンマやゲーム理論に代表されるように、人は必ずしも合理的な行動を取り続けるとは限らない。僕自身の体験からも、テスト前に勉強しなければと思いながらも、漫画を読んでしまったり部屋の掃除をしてしまったりする。


 だが、不合理な行動を取るにしても、僕らを誘拐してまでしてさっきの話を現実のものとするだろうか? 確かにキョウの言う通り、もっと良い方法はいくらでもあるように思われた。


「ここまで話して私が誘拐を企んでいるなんて疑われるとは思っていなかったわ。でも、そうね。そこまで言うなら、これから深緑第一中学に行ってみる? あの廃墟を散歩してもらえれば、この世界には異常な現象が溢れている事を理解できると思うわ」


 四季さんからの思わぬ提案に面食らう。何かの罠かと思ったが、今から行こうと突発的に提案するという事は違うのだろう。或いは、いつでも僕らをはめる準備が整えられていると考えるべきだろうか?


「今からだと? 一体何を企んでいる?」


「あら、私が何も企んでいない事を信じて欲しいから誘っているのよ」


 キョウは苛立ちを隠すこともしないままに黙る。一体どうするべきか考えているのだろう。


 たっぷりと思案した後、キョウはおもむろに口を開いた。


「なあ、ユウはこのあと時間有るか?」


「キョウのわがままが無いときは、基本的に暇してるよ」


 僕はほんの少しの皮肉を交えて答える。正直言って気は進まないが、キョウを一人で行かせるのも心配だ。四季さんが何か企んでいたとしても、二人ならば対処できる幅が広がる。


「よし、決まりだな。その深緑第一中学とやらに案内しろ」


「ええ。早速向かいましょう」


 僕は渋々ながら帰り支度を済ませ、二人と共に教室を後にした。


 特に会話も無く、昇降口で靴を履き替え外に出る。


「なあ、実際のところどう思う?」


 僕はキョウに尋ねる。先頭を歩く四季さんは特に反応を返さないが、聞き耳を立てているに違いない。


「どうと言われても、何に対してだ?」


「四季さんが言っている事だよ。そんな呪いの日記みたいな話、現実の事とは思えない。ホラー映画や小説みたいじゃないか」


「今時、映画や本でもこんな下らない話は無いぞ。だがまあ、判断を下すには情報が足らなすぎる。それこそ……」


 俺たちのうち誰かが行方不明になれば、少しだが信じる気にもなる。キョウは表情を変えることなくそう言った。

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