第15話


「引き留めないのか?」


「必要ないわ。前の学校でも始めは誰も信じてなかったもの。でも、これから毎日のようにこの学校の誰かが消えていくわ。そうなれば、嫌でも私に縋るしかなくなる。あの日記の呪いはそういうものよ」


 一体どうしてこれほど余裕の表情が出来るのだろうか。彼女の言葉が仮に事実だとしたら、今後もマヤちゃんのように行方不明になる生徒が相次ぐだろう。数日もすれば彼女の言葉に信憑性が生まれるという言い分は理解できるが、今夜ギシガシに連れされられるのは四季さんかもしれない。僕が逆の立場なら、彼女のように冷静ではいられないだろう。


「キョウはどうする?」


 僕個人としては、四季さんの話は真面目に取り合うに値しないと考えていた。


 しかし、キョウは質問を続けるようだ。


「……前の学校の仲間と日記の部屋を探していると言っていたな。どこまで特定できている?」


 キョウの質問はきっと僕と同じ懸念から念のため確認しておこうという意図が感じられた。もしも四季さんが今夜消えてしまえば、僕達だけでその部屋を探し出す事は至難だ。


「日記の出処は分かっているわ。深緑ふかみどり第一中学の旧校舎。元々は旧陸軍の実験施設だった建物を学校に改装した場所だそうよ。今は廃校になっているけれど、どういう訳だか校舎は取り壊されずに残っているわ。ここからなら、電車で一時間も掛からずに行くことが出来るわ」


 僕は携帯端末に学校の名前をメモする。これで住所は後からでも調べられる。もっとも、キョウならば会話の内容は一字一句記憶していても驚かないが。


「日記を読んだ奴が連れ去られると言っていたが、その条件のより詳細な定義を聞きたい」


 この質問には四季さんも表所を曇らせる。確かに、この聞き方だと数学の問題みたいで抵抗がある。


「読むって一言で言ってもいろいろあるじゃん。例えばさ、日記の全文章を熟読する人もいれば、斜め読みをする人、さわりの部分を少しだけ読む人も居ると思うんだよね。そのギシガシっていうのが現れるのは、どれぐらい読んだ人なのか聞きたいんだよ」


 僕が補足を入れると、四季さんは納得したように口を開いた。


「私たちが試した訳ではないけれど、過去にその日記を手にした人達が実験した話なら聞いたことがあるわ。まず、日記本体については、一小節でも読めばギシガシの対象になることが分かっている」


「ふむ。日記本体と言ったな。それはつまり、複写したものにも同じ力があるってことか?」


 四季さんは深々と頷く。僕は彼女の言葉尻からそこまで思考が巡らなかったので、流石はキョウだと感心する。


「まず、書き写した物……写本って言うのかしら? これは書き写した人の意思が反映されると聞いているわ。例えば、たまたま同じ記述を繋ぎ合わせて、新聞のスナップみたいなものを作っても意味は無かった。でも、あの本を手元に置いて書き写したものは同じ力を発揮したみたい」


「写本があるのか? それは随分と物騒な話だな」


 確かに、四季さんの言っている呪いの力を持った本が対象にあったら恐ろしい話だ。


「安心して。写本は全て燃やして処分されたと聞いているわ。もっとも、また聞きの私がその真偽を判断する事はできないけれど」


「そうか。まあ、写本が現存しているかどうかは俺たちには関係が無いしどうでも良いか。それで、他には?」


「本の内容を電子媒体で書き写したものも同様ね。あの本の内容を写してやるって意思を持って書いた文章は、メールなんかで送っても効果があった。でも、そのメールの意図を知らずに転送したものを読んでも、その人はギシガシに捕まる事がなかったみたいよ」


「あくまで文章自体に力はなく、書き写す行為を行った人間の意思がファクターになるって事か?」


「いいえ、そうとは限らないみたい。文章を写真に撮った画像は、それを見せる人の認識に関わらず力を発揮したそうよ。それと、面白いことにあの文章の意図を知らずに転送された人も、後からその文章が日記の内容で読むと呪われるという事実を知った場合、ギシガシのターゲットになる事が分かっている」


 キョウは納得したように頷くが、僕は一体その話のどこが面白いのか分からなかった。


「俺が検証したいと思っていた事は、あらかた先駆者がやってくれていたんだな。最後に、これが一番重要な事なんだが……そのギシガシのターゲットにされる人物の順番ってのはどうなっている? 読んだ順番ではないみたいだが」


「どうしてそう思うの?」


「今回行方不明になった多々良摩耶は俺たちの中では初めに読んだはずだ。しかし、その前に図書委員も読んでいたみたいだからな。もしも読んだ順番ならおかしいだろ。何より、お前がまだここに居る時点で順番については謎なんだよ」


 僕はキョウの話を聞きながら、四季さんの表情を伺う。もしもこの話が彼女の作った創作ならば、内容の不備を指摘され何かしらの反応を示すと思ったから。


 しかし、彼女は冷静に言葉を返す。


「完全なランダムよ。読んでから何か月かしてから連れ去られる人も居れば、読んだ日に連れ去られる人も居る。もっとも、前の学校であの日記を読んだ人のほとんどはもう連れ去られてしまったから、あなた達はかなり確率が高いけれどね」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る